中国、宋の時代につくられたとされる禅の教えを画化した「十牛図(じゅうぎゅうず)」。
ひとりの童子が牛を探す「尋牛(じんぎゅう)」、牛の足跡を見つける「見跡(けんせき)」、牛を見つける「見牛(けんぎゅう)」、捕(とら)えようとするが牛が暴れる「得牛(とくぎゅう)」、手なずける「牧牛(ぼくぎゅう)」、牛の背に乗り帰宅する「騎牛帰家(きぎゅうきか)」、牛のことを忘れ家でくつろぐ「忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん)」、無の世界にたどりつく「人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう)」、自然の風景が広がる「返本還源(へんぽんげんげん)」、布袋和尚となった童子が市井にでる「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」からなる。
一見、牧歌的な図でありながら、「牛」を「本来の自分」に置き換えるだけで禅の教えの入り口となるものだ。
疫病や戦争で人心が不安にさらされるなか、即効性を謳(うた)う怪しげな科学や宗教が跋扈(ばっこ)する今日にあって、とことん自己と対話する禅の教えは、宗教というよりは自分の足で大地に立ち続ける契機になろう。
この1月で還暦を迎えた俳優の松重豊氏は、40代から禅の教えを道しるべとし、その頃出会い「イマジネーションをかき立てられ」たという十牛図に感銘を受け、曹洞宗建功寺住職で、世界的に知られる庭園デザイナーでもある枡野俊明氏に、この十牛図の絵解きを依頼した。この2人、とにかく芯が強い。禅で鍛えた精神性なのだろうか。
形式上は枡野氏が解説、松重氏が聞き手ではあるが、2人のキャリアの話や、その都度自分がどう考えたかということが披露されるので、結果的に対等な「対談」となっている。
禅の教えを具現化する庭づくり、あるいはクサさからどう離れるかといった演技論。コンプレックスとの対峙(たいじ)の仕方、我欲を振り払う手法、マイナスをプラスに転換する発想、過去と向き合う姿勢。必ずどこかに刺さる言葉がある。2人の人生の個別具体論のなかに普遍性を感じさせる読書体験だ。
「無駄に悩むことはしてはなりませんが、人間は考え続けなければいけないのです」と語る枡野氏は同時に「考えるより前に動け」という。これは思考を軽んじるのではなく、身体性を伴った思考の価値を訴える禅の教えのニュアンスを汲(く)み取った表現だろう。
「枡野先生の『禅の庭』づくりでも、これも足せるし、あれも足せる、けれどもそれを最終的に削(そ)いでいく――そんなプロセスがあるんじゃないかと思うんです」「僕はそれと同じように、面白い表現をいろいろと妄想しはするけれど、それを最終的には覚悟をもって削いでいきたい」という松重氏は、どこまでも謙虚でありながら卑屈でなく、堂々と自分を受け入れ伸びやかですらある。
この本を読んで毎日少しずつでも掃除をしたいと思うようになった。あなたは十牛図のなかの、どの図にいるだろう。=朝日新聞2023年2月18日掲載
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毎日新聞出版・1650円。ますの・しゅんみょう氏は1953年生まれ。まつしげ・ゆたか氏は63年生まれ。旅雑誌の対談での縁がきっかけで、本書が生まれた。