念願の活字エッセイ
――東村アキコさんが初の文章エッセイ『もしもし、アッコちゃん?―漫画と電話とチキン南蛮―』を書きおろしで発表したきっかけは何ですか?
よく編集さんや友人に子どものころの面白エピソードを話していて、そのたびによく「それを漫画にしてまとめてくださいよ」と言われていたんです。最初は私もいつか幼少期のエピソードを漫画にと考えていましたが、漫画だと連載になって1話ずつ描くことになります。それよりすべて書きおろしで、文章で一気にまとめて書いたほうがファンの方も喜ぶんじゃないかなと考えたのがきっかけです。
――漫画家である東村さんがコミックエッセイではなく文章エッセイにしたのは他にも理由がありますか?
もともと本を読むのが大好きで、最近は文学賞(新潮社主催の「女による女のためのR-18文学賞」)の審査員もするようになって、文章には漫画と異なる面白さがあるなと思っていたんです。それに今回のエッセイはひとつのチャレンジでもありますが、文章だけじゃなくて写真も挿絵もあるし、読者の皆さんも楽しんでもらえる気がしました。
それから私、向田邦子さんが高校生のときから大好きで、ずっとエッセイストに憧れていたんですよ。ただ、漫画を描くのも好きだし、子どものころから漫画がアニメ化されるのを見て、漫画はビッグビジネスだとわかっていたから、文筆家ではなく漫画家になりましたけど。今回は念願かなってエッセイを書くことができました。
――本書の帯で、林真理子さんがコメントを寄せていて、東村さんのエッセイを楽しんで読まれているのが伝わってきました。
「よく頑張ったね」という感じでコメントをいただけたのかな。林真理子さんの著作はエッセイも含めて愛読しているので感激しました。
忘れてしまう前に書き残しておきたかった
――幼少期から電話とつながりが深くて、ご家庭で留守電など新しい電話の機能を取り入れるのも早かったことや、お友達との楽しいエピソードも盛りだくさんでした。昔のことを具体的に覚えていらっしゃるんですね。
創作者、少なくとも私の周りの漫画家は、子どものころの思い出が映像のように記憶に残っている人が多いですね。ただ、おばあさんになったら忘れてしまうかもしれないから、その前に書いて残したいという気持ちはありました。
最初は漫画制作で忙しかったし、ライターさんにインタビューしてもらおうかなとも思ったんですよ。ただ自分で書かないとこのノリは生まれないと思ったし、実際に書いている最中は疾走感がありました。
このエッセイを面白いと感じてもらえるのだとしたら、私より子どものころに周りにいた人たちが愉快だったんだと思います。
――いや、東村さんもとても愉快なお子さんだったんだなあと読んでいて感じました。ライターの仕事でも文章で笑いをとるのはすごく難しいんです。東村さんのエッセイは笑いを交えるだけではなく、具体的な例えも出してわかりやすく書いていますよね。特にお気に入りのエピソードはありますか?
保健室の先生が話した、有名人と結婚するという妄想トークを真に受けて、親戚中に話したらみんながそれを信じてしまったエピソードです。結果的にとんでもないことになるのでぜひ注目して読んでみてください。大人になってから同い年くらいの友人がアイドルとの妄想トークをしているのを聞いて「これか!」とハッとしました。オタクってこんな話をするものなんだと実感できたというか。
文章と漫画の違いは主語の有無
――妄想トークはオタクにとって欠かせないものなので、その先生の気持ちがよくわかります。文章と漫画で、制作するときに感覚が異なるところはありましたか?
文章だと「私は~だった」というふうに、主語が必要なんだと気づいたのは大きかったですね。漫画は「私は~」と書かなくても、キャラが吹き出しでしゃべっていたら読者に通じるんですよ。
書いたエッセイを読み返していると、主語が抜けているところが多くて。赤入れをしながら、「そっか。主語を入れないと誰が言っているのかわからないのか」と書き直しました。ずっと漫画家としてやってきたので、そういった文章ならではの部分に気づかなかったんですよね。
スマホで日記を書くように執筆
――エッセイの執筆にはどのくらい時間がかかりましたか?
漫画を描く仕事と同時進行しないといけなかったので、漫画制作の合間に……ということはさすがに大変でできなかったんです。
最初は「一晩で200ページ、エッセイを書く!」と宣言してホテルで缶詰になりました。やる気満々だったので、本来なら全部書けたはずなんですけど、途中でぴきって指がつったんです。スマホで書いていたので。
――スマホで!? それはどうしてですか?
パソコンと違ってスマホは文字を打って漢字に変換するときに、1文字打つだけでよく使う言葉を変換候補として出してくれるじゃないですか。「と」と打つと「東京」みたいに。
最初はメモ機能で書こうかと思っていたんですけど、「今の時代はスマホで書ける原稿用紙アプリがありそうだな」と思って探したら実際に見つかって。それを使って文字を打つと、漢字の予測変換機能があるからやっぱり早く書けるんですよね。このエッセイは、100%その原稿用紙のアプリを使って書いています。
体の角度を変えたりして気分転換しながら書いていたんですけど、やっぱりスマホなので指を使い過ぎたんでしょうね。書きながら指がつったのは漫画家史上初だと思います。
――スマホならではですね。その後はどのように書いていたのですか?
書きおろしのエッセイなので締め切りもないし、「私を監禁してください! じゃないと書けないんで」と光文社の編集さんにお願いをして、ホテルの後は、会議室に2回缶詰にしてもらって書きました。1話に30分前後かけたから全体で約48時間かな。言葉を紡ぐとかではなくて、日記を書いているような感じでした。
――赤入れもしたと聞きましたが、それもアプリからできるのですか?
それがね、そのアプリ、PDF化もできるんですよ。PDFにしたものを印刷して赤入れをする作業中に、いろいろと思い出して笑っていました。飲み会でしゃべっていたことが文章になっていくのは本当に楽しかった。
ただ、1章分書き直したこともありましたね。やっぱりそれぞれのエピソードでオチを決めないといけないけど、実際に起きたことだからオチがないこともあって。
漫画もスマホで読む時代。いつも身近に電話があった
――作家や漫画家の中には「絶対に手書きで」や「パソコンで書く」と決めていらっしゃる方もいますが、スマホでエッセイを書いたというところからも東村さんと電話のつながりを感じます。
そうですね。これはエッセイにも書きましたが、親がNTTに勤めていて自分が勤務した時期もあったので、影響は受けていると思います。
携帯電話が登場したときは「これは都会のビジネスマンのもので、田舎のおじいさん・おばあさんが使うかな?」と考えていたんですけど、意外とみんな使うようになったし、スマホが出た時はひっくり返りましたね! その瞬間、「スマホで漫画が読めちゃう。紙の漫画の時代が終わったな」と感じました。
――それはスマホが出ると知って瞬時に?
はい。今となっては紙の漫画もウェブトゥーン(スマホ等で縦にスクロールしながら読める漫画)の漫画も描いていますけど、万単位で読者の数が違うんですよ。街で声をかけられるときも、だいたいが私のウェブトゥーンの漫画の読者です。
例えるならウェブトゥーンがYouTubeで、紙の漫画が映画じゃないでしょうか。私はもともと新しいものが好きな性格だし、今後もスマホの形態が変わったら、都度それに合わせた漫画の描写を考えないといけないと思っています。
――ウェブトゥーンの漫画に関しては、日本では東村さんが先駆者ですよね。
そうそう。ただ時代を先読みしすぎて、最初のウェブトゥーン漫画はあまり読まれなかったんですよ(笑)。早すぎたんだと思います。今は日本でもメジャーになって、ヒットするようになりましたけど。
――東村さんの漫画のタイトルを並べると一世風靡した作品ばかりです。大規模な賞や国際的な賞も受賞しているほど大人気なのに、さらに新しいことにチャレンジしていくことに抵抗がないのは漫画家さんでも珍しい気がします。今回の文章エッセイも「漫画じゃないんだ!」と驚きました。
今回は子ども時代のことを書いたけど、それ以降も面白いエピソードが書ききれないくらいたくさんあるんですよ。成長してからのほうが愉快な人ともたくさん会ったし、旅行先のとんでもない話とかもあります。
この本が売れたら、本気でエッセイストにもなりたいと考えています。エッセイ、時々漫画みたいな。
――(同席者口をそろえて)東村さんの漫画もまだまだ読みたいです‼︎
ありがとうございます(笑)。ただ本当にこのエッセイが売れたらシリーズ化して、その後のことも書きたいですね。