ISBN: 9784336074621
発売⽇: 2023/01/25
サイズ: 20cm/494p
「迷宮遊覧飛行」 [著]山尾悠子
山尾悠子という作家は1970年代半ばから日本の幻想文学のシーンを牽引(けんいん)してきた。彫琢(ちょうたく)された言葉がある強烈なイメージを結び、読者の脳内でスパークする。ストーリー(筋)が物語を支えるというより、濃密で持ち重りのするシーンのつらなりに詩情が宿り、夢の中のごとき条理の希薄な世界が展開される。
2018年刊行の『飛ぶ孔雀(くじゃく)』では、火が燃えにくくなった世界を舞台に、夏の庭園で大茶会が開かれ、火を運ぶ少女たちの頭上を孔雀が舞う。いつともどことも知れぬ幻惑的光景が広がるこの作品で、泉鏡花文学賞と日本SF大賞というジャンルの異なる文学賞を受賞した(芸術選奨文部科学大臣賞も併せて3冠)。
不世出の作家は、作品数の少なさでも有名だ。1980年代後半からのブランクをはさみ、99年に復帰。近年は活動が増えてファンを喜ばせる彼女の、初のエッセー集が本書である。
巻頭の「読書遍歴」はいかにして山尾悠子になりしか、その栄養源たる作家の名が並ぶ。倉橋由美子、金井美恵子、塚本邦雄ら「特別な〈神々〉」のなかでも澁澤龍彦は「すべての始まりであり、何もかも澁澤経由で教わった」。大学時代に布教に励んだというコレットも含め、美文に耽溺(たんでき)する若き日の著者の姿が浮かんでくる。全集読破は泉鏡花から岡本かの子、谷崎、三島へと、ある意味正統派。
ケルト系ファンタジーを苦手とし、自身の出身地を引き合いに「岡山県人とは人種が違う」と語ったり、ムードある「初期倉橋風片仮名書きの文」を「今でもたまにやってしまう」と告白したりと、山尾のチャーミングさの発露が新鮮だ。
本書中盤に配された初期掌編小説群はこれぞ著者という人工的な作品宇宙。自著解説から作家論、70年代から現在まで、作家の横顔を深く知ることのできる80篇(ぺん)余りが収録される。異端かつ純粋。血の通う語り口に、ああ山尾悠子は人間だったとの安堵(あんど)感を得た。
◇
やまお・ゆうこ 1955年生まれ。作家。著書に『山の人魚と虚(うつ)ろの王』『歪(ゆが)み真珠』『ラピスラズリ』など。