津原泰水の美学を凝縮させたビジュアルブック
『五色の舟』(河出書房新社)は昨年10月に逝去した作家・津原泰水が、自ら企画立案した小説とイラストのコラボレーションブックだ。津原泰水の最高傑作と称される短編に、イラストレーターの宇野亞喜良が装画・挿画を寄せ、Toshiya Kameiによる英訳文も収録している。装幀といい本文のレイアウトといい、すみずみまで作り手の美学が感じられる一冊。この本を一番読みたかったのは著者本人だろう、と胸が詰まる。
太平洋戦争末期、ある町に見世物一座の一家が住んでいた。かれらは自らの〈圧倒的に惨め〉な姿をさらすことで、生活するのに困らないだけの収入を得ている。ある日、岩国にくだんが生まれたという噂を聞きつけ、一家は買い取りに出かけた。くだんとは人の顔をした牛の化け物で、言葉を話すことができるらしい。
軍部の介入により旅は不首尾に終わるが、それ以来、息子の和郎の夢には奇妙な舟がくり返し現れてくる。和郎の父が乗って消えてしまう、大きな舟。それはどんな運命を示しているのか。
世界の片隅で見世物芸人として生きる、血の繋がらない風変わりな一家。やがて終わりを迎えるかれらの日常を鮮やかに描ききった文章に、あらためて心を掴まれる。津原泰水は一言一句に神経を注いで、この悲しくも力強い幻想小説を紡ぎ上げたのだろう。対訳の英文と読み比べてみて、あらためてそう感じる。
本作が描いているのは、別れの後に残る何かだ。人は去り、時代は流れる。しかし何かがきっと胸の奥に残る。著者がいなくなった世界で、あらためていろいろなことを考えた。
奇妙な屋敷の癖のある住人たち
エドワード・ケアリー『望楼館追想』(古屋美登里訳、創元文芸文庫)も奇妙な家族の物語だ。18世紀に建てられた大きな館を改築して生まれた、集合住宅・望楼館。そこに暮らす7人は癖のある人物ばかり。主人公の青年フランシスも、決して模範的な人物とはいえない。いつも白い手袋をはめている彼は、他人が大切にしているものを盗み、地下にコレクションしているのだ。その数は現在986点。
その屋敷に新しい住人アンナが現れたことで、止まっていた住人たちの時間は少しずつ動き始める。次々と巻き起こる印象的な事件。住人たちは自らの過去を覗き込み、喪失と向き合う。そしてある者は屋敷から去り、またある者はもっと遠い場所へ旅立っていくのだ。
ケアリーといえば『堆塵館』『おちび』がわが国でも話題を呼んだイギリス出身の現代作家。幻想文学愛好家からも支持を受けるその作品の根底にはいつも、大切な何かが失われてしまった、という苦い感覚があるようだ。『望楼館追想』もまさにそう。しかし胸を打つラストシーンには、未来を照らすかすかな光もまた感じられる。
長らく入手困難だった伝説的なデビュー作。別れや出会いが多い、この季節に読むのがぴったりの物語だと思う。
欠落と過剰さが生む物語のテンション
ホラーの新鋭・芦花公園の『聖者の落角』(角川ホラー文庫)が刊行された。昨年末ツイッター上の読者ランキング企画で見事第1位に輝いた『漆黒の慕情』に続く「佐々木事務所」シリーズの3作目で、今回も霊能力を備えた主人公の佐々木るみが、不気味な怪異と対峙する。
まず感心するのが怪異描写のうまさ。難病に苦しむ子どもたちが、謎めいた黒服の男との出会いをきっかけに完治する。しかしその〈奇跡〉には恐ろしい代償があった。突如大人びた口調で話すようになった子どもたちの周辺で巻き起こる、数々の超常現象が恐ろしい。
もうひとつの特徴は、ほぼすべての登場人物が何らかの欠落を抱えているか、過剰さを持っていることだ。虐待サバイバーのるみも例外ではなく、そのことが物語に異様なテンションの高さと油断のならなさを付け加えている。
黒幕にあたる人物も、信じる対象に裏切られ、心に深い傷を負っている。喪失感が生み出した悲劇の連鎖は、恐ろしいが切なくもある。遠藤周作の名作『沈黙』に影響を受けて生まれたというこの宗教ホラーは、上記2冊とはまた違った形で、喪失との向かい方を示してくれているのだ。