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もしも猫語が話せたら……未上夕二さんは「ドリトル先生」シリーズで真意を学んだ

『ドリトル先生アフリカゆき』(岩波少年文庫)

 猫はよく喋る。

 小学校二年生の頃に初めて家に猫が来た。ミーヤと名づけたその雄猫は、王子様気質で食いしん坊で、そしてよく喋った。

 彼はお腹が空けば早く準備しろとニャーと鳴き、撫でて欲しい時には足にすり寄ってニャーと鳴き、外に出たいと思えば玄関のドアの前でニャーと鳴く。人の顔をじっと見て、口を大きく開けて要望を伝えるその様は、鳴くというよりも会話をしているようだった。

 ツンとしていて常にポーカーフェイスを崩さないものだという猫に対して抱いていたイメージはあっという間に覆された。ミーヤだけがお喋りなのかと思っていたが、その後に迎えたトムもベッキーも、ヤン坊もチビタンも、ジェリーもみんな、ことあるごとに人の顔を見てはニャーと鳴く。

 ごはんや散歩の前ならば、なにを言いたいのかはわかるつもりだ。けれど、なんでもない時に目の前に前足を揃えて座り、おもむろにニャーと鳴かれても、なにが言いたいのかがわからない。真剣な面持ちでしばらくの間鳴き続けるも伝わらないとわかり、がっかりしたような顔でため息をつかれた時にはいつもいたたまれない気分になった。

 猫たちはいったいなにが言いたいのか。話ができたら楽しいだろうなと妄想する日々が続いた。そんな自分が動物と話ができる「ドリトル先生シリーズ」に魅了されたのは当然のことだろう。

 イギリスのパドルビーという街の医師だったドリトル先生は、大好きな動物たちのために自宅を開放する。ウサギや白ネズミ、ハリネズミにリス、馬にヒツジ、子豚やワニなどなど、様々な動物が彼を慕って集まってくるにしたがって、それを嫌った人間の患者は減っていく。見かねたオウムのボリネシアが彼に動物語を教え、動物たちの気持ちがわかる優秀な獣医師となり、ドリトル先生は彼らと共に世界中を旅するのだった。

 アフリカから始まり、南米、はては月にまで向かうドリトル先生の旅行記は読んでいて楽しいのだが、一番心惹かれたのは動物たちと会話をしようとするドリトル先生の姿だった。

 ドリトル先生は、彼らの心を知るためにはどんな努力も惜しまない。犬の言葉を理解するために耳をかき、小鼻を膨らませる。やがて会話のできるのは動物にとどまらず昆虫、さらには月に住む植物たちとも意志の疎通ができるようになる。

 コミカルで滑稽なその姿を想像するといつも、腹を抱えて笑ってしまった。太ももの上で丸くなっていたミーヤは眠りを妨げられて不満そうに顔をあげてニャーと鳴く。なにが言いたいのか、そのくらいはわかった。

 たったひと言のやりとりさえあれば、人間関係だって円滑に進むことだってある。簡単なことなのだけど、ついそれを怠りがちで妻によく怒られたりする。どんなことでもまずは会話だと、改めて『ドリトル先生アフリカゆき』を読み返しながら、意を新たにする。

──少なくとも人類と会話をする努力は惜しまないようにしよう。

 つくづく動物と話ができたらいいなと思う。猫たちはもうみんないなくなってしまったけれど、みんなに伝えたいことがあったんだ。