ロックバンドGEZANのボーカル、ギターとして活躍するマヒトゥ・ザ・ピーポーさんが、初めての絵本「みんなたいぽ」(ミシマ社)を刊行した。悪とは何か、ルールとは何かを問う、読者を揺さぶる一冊だ。
主人公のお巡りさんは、「わるいやつ」を次々に逮捕する。ひどいことを言ってきた相手に、ひどい言葉を言い返した「かのじょ」はお巡りさんに牢屋へ入れられる。そこでかのじょはお巡りさんに頼む。〈ことばもたいほしてください。わたしが ろうやに はいっているあいだも ことばが だれかを きずつけるでしょう〉
みんなと肌の色が違うことで悪口を言われ、カッとなって人を殴った「かれ」は牢屋に入れられ、こう言う。〈いろもたいほしてください。いろのせいで ぼくのむねは ずっと ズキズキいたむんです〉
お巡りさんは、言葉を、色を、音を、次々と逮捕していく。
ページをめくるたび、「わるいやつ」とは誰なのか、わからなくなる。だれかをわかりやすく断罪することも、守ることもしない。それは、単純なカテゴライズに対するマヒトさんの抵抗だ。「人種や住んでいる場所、職業といったカテゴリーに、自分たちがいかにとらわれているかを日々感じています。世界は数え切れないほどの色であふれているのに、シンプルに赤や青という言葉におさめている。本来の複雑さを排除してしまっている」
絵本に挑戦した背景にあるのは、赤ん坊への憧れだ。「赤ちゃんには経験や常識がないからこそ、大人よりたくさんのものが目に映っている。赤ちゃんを見ると背筋が伸びるんです。うれしくても悲しくても、同じように全力で泣く。光と影の境界もない。純粋な叫びは、ボーカリストとしても憧れます」
絵を担当した荒井良二さんは、国内外で高い評価を受ける絵本作家だ。マヒトさんの希望でコラボレーションが実現した。「荒井さんの絵からは、見えないものへの敬意、畏怖(いふ)を感じていました。かわいらしさのなかに影を持っている」
終盤、お巡りさんは人間みんなを逮捕する。牢屋の中は、色、音、人、言葉であふれる。最後にはみんなが溶け、一つの球体になる。「自分と世界との境界がなくなっていく。それが死であり、生まれる前にいた場所です」。記号のない世界から生まれ出て、言葉や色といった、たくさんの記号を使いながら人生を過ごし、再び記号のない世界に戻っていく――。この絵本が描くのは、人の一生でもある。
絵本という、誰もが手にしやすい形を取りながら、表現に痛みを残す作風は、マヒトさんの音楽にも通じる。「生きることは痛い。だから生きている人に向けた表現である以上、どうしても痛みを伴います。音楽も本も、優しい気持ちになってもらうために作ってない。毒がだだ漏れしちゃうんですよね」
痛いけれど美しい毒は、大人にこそ深く刺さるだろう。(田中瞳子)=朝日新聞2023年4月12日掲載