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「敗者としての東京」書評 「占領」の歴史から描く首都の姿

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月15日
敗者としての東京 巨大都市の隠れた地層を読む (筑摩選書) 著者:吉見 俊哉 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480017680
発売⽇: 2023/02/17
サイズ: 19cm/341p

「敗者としての東京」 [著]吉見俊哉

 軍事力による占領。そのおぞましさを見せつけたのが、一時ロシア軍に占拠されたウクライナの都市からの映像だった。殺された市民の遺体が、路上にそのまま放置されていた。隠すことも埋めることもしなかったのは、見せしめのためではないかと言われた。
 同じようなことが、明治維新のころの東京にもあったと、本書で知った。幕府側の隊士たちの遺体は埋葬することが許されず、腐るにまかされた。明治政府が、「賊軍」となった者たちの悲惨さを見せつけようとしたのだ。
 江戸=東京は、3度にわたり「占領」された。そんな観点から歴史を描こうとするのが本書である。1度目は徳川、次いで薩長、そして米軍。そのときどきの占領者ではなく、敗者たちに焦点をあてていく。それは歴史叙述の主語を変えることでもある。
 江戸の成り立ちといえば、江戸城を築いた太田道灌や、それを引き継いだ徳川家康らが主語になりがちだ。しかし本書が目を向けるのは、関東に独自の秩序を形成していた秩父平氏である。彼らは源頼朝以来、外部勢力からの征服にさらされてきた。秩父平氏の中心には江戸氏がいて、江戸湊(みなと)を押さえていたが、力をそがれた。数々の逸話はこの国の首都を裏側から見せてくれる。
 明治維新の敗者は戊辰戦争に敗れた者たちだ。彼らの一部はジャーナリズムに拠(よ)り、貧民街に潜り込んだ。光があたったのが貧民や女工、博徒などである。敗者としてのまなざしが、社会の裏側、この国の実相を暴いていった。
 「単線的な歴史の語りはもう成り立ちません」と著者は述べる。江戸から東京へ、敗戦から復興へといった成長物語だけでは歴史は語れないのだと。本書で動員する知見は、考古学から記録文学、テレビドラマなど多岐にわたる。やや雑多な印象もあるが、そのスタイルじたいが単線型へのアンチテーゼなのだろう。
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よしみ・しゅんや 1957年生まれ。国学院大教授、元東京大大学院情報学環教授(社会学、都市論、メディア論)。『大学という理念』など著書多数。