生きていくのに知っておくといい大事なことが、わかりやすい言葉と親しみやすい絵で届く。「ツレがうつになりまして。」で知られる漫画家、細川貂々(てんてん)さんが、子どもたちの心に寄り添う絵本を2冊出版した。自分を大切にしてね。そんな思いをこめて。
入学して、自己紹介でドキドキ。「がっこうのてんこちゃん」(福音館書店)は小学校1年生の動物のテンが主人公。クラスは10ぴき。電車が好きな子、踊りが好きな子、みんないろいろだね。
てんこちゃんは何を言おうかなと「どうしようおばけ」が頭でグルグル。教室のカーテンにくるまって隠れてしまった。私も私も、と他の子がカーテンにくるまっても、先生は怒らない。てんこちゃんはホッとして、自己紹介ができた。
休み時間に窓から外を見れば、みんなの見えるものも違う。屋根のネコを見つける子、校庭の木が気になる子。てんこちゃんは空を見るのが好き。
「考え方も性格も、みんな違って当たり前。みんなと同じでなくていい。それぞれでいいんだよ~」。それを子どもの時に知ってほしいと細川さんは話す。
だから、「こんな学校なら好きになるだろうなあ」と思って描いた。自身が小学生の時は先生に「なぜ、他の子と同じようにできないの?」と叱られ、苦しくてたまらなかった。
てんこちゃんがカーテンに隠れる場面は自身の経験がもとだ。実際は「何やってんの。ちゃんとしなさい」と先生に叱られたのだった。
高校生になった細川さんの長男が小学校で演劇の公演を見にいった時、驚いたことがあるという。「後ろに立っている人がおもしろかった」と感想を書いたら、先生のコメントはこうだった。「真ん中の人をちゃんと見ましょう」
みんなが真ん中を見ないといけないの? 視野が狭くなるのではないか。「多様性という言葉が叫ばれるのに、違うことがなかなか認められない。みんなと同じに、と縛られている先生や親も多いのでは」
ひとりひとり違う。そこから始める。「それは自分を尊重することで、他人を尊重することにつながるのではないでしょうか」
もう1冊は「こころってなんだろう」(講談社)。心とは何か。この難しい問いに向き合い、解きほぐしていく。
「心について知っておくと、生きる質がきっと変わってくる。ストレスを受け流して、悩み過ぎないようになると思うんです」
心はいつも動いているから、自分でどうにかしようと思わないこと。それに、心はひとりひとり違うので、何も言わなければ何を考えているのかわからない。コトバで伝え合うから、助け合えるし、違いを知ることができる。
そして、経験したことや気持ちを入れる記憶の引き出しが増えていくと、こういう時はこうすればいいかなと対処しやすくなる。
コトバと引き出しを増やしていくことが、心を豊かにしていくことなんだよ。そんなふうに優しい絵と文章で語りかける。
細川さん自身、ずっと生きづらさを感じ続けた。夫のうつ病では闘病の厳しさも見守った。精神科医や宗教者らと生きるしんどさや心について語り、学んできた実りがこの本になった。
子どもに向けた本を作ろうと細川さんが思い立ったのは10年余り前、自殺対策のシンポジウムで自殺未遂を経験した人たちの話を聞いた時だった。「人生に絶望しないでほしい。子どもの時に、楽しいと感じるものに出会ってほしい」。そう願って作った2冊。大人にとっても大切なテーマだ。(河合真美江)=朝日新聞2023年5月31日掲載