坂口恭平さんの「その日暮らし」(palmbooks)は優しい手触りのエッセー集。一日の終わりに読むと、じんわりとした安らぎをくれる。そして本編の先に、自らの存在の根源をたどったあとがきが待つ。
坂口さんは本を書き、絵を描き、歌って、陶芸をし、「いのっちの電話」を24時間受ける。コロナ禍のなかで畑仕事も始めた。熊本でのそんな日々で「経験したことを素直に書いてみたいと思った」という。昨年に2カ月半ほど新聞連載したものをまとめた。
双極性障害のため、うつになると自分を激しく責め、否定する。そんな時こそ絵を描く。理解されたい、いい絵を描きたいとふだんは思うけれど、死なないために手を動かし、無心に描く。それこそが描くということではないかと気づいた日。
自殺者をゼロにするため真剣に策をとるべきだとつづる日もある。24時間の電話サービスを国や自治体がするべきだと。自らの携帯電話番号を公開し、誰からの相談も無償で受ける「いのっちの電話」を2011年から続けてきた、その経験をもって考えたことだ。
妻や2人の子どもとの肩の力のぬけたやりとりは楽しい。4人はチームであり、「それぞれの力を自由に発揮している姿を記録しておきたい」という気持ちだった。子どもには何かを教えるというより、向き合う。ある時は子どもがお手本になるし、先生にも見える。「家族の訓練みたいな、練習を積み重ねている」日々だ。
連載の終わりごろ、うつになった。半年以上続いた。こんなに長いのは初めてだった。いつもなら早く治そうとするが、今回はちゃんと向き合おうと思った。ただ寝込むのではなく、自分が抱えているものから逃げないで。
「(うつが)水中にもぐった状態だとしたら、すぐに水面のほうへ泳いでいくのではなく、水底を歩こうと思った」
すると、自分の中の大切な存在に向き合うことができた。そこで感じた寂しさを掘り下げていった。それが25ページにわたるあとがきになった。
「うつになると、自分はダメな人間だと思ってしまっていた。そこで止まるのではなく、本当の自分と向き合うことが必要なんだと」
あとがきを書きおろし、本を書き上げたという実感が初めて得られたと話す。この一冊はターニングポイントになった。「本当に感じたものを書く。納得した実感を文字にして、真摯(しんし)に進んでいこうと思う」(河合真美江)=朝日新聞2024年10月2日掲載