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「北関東の異界 エスニック国道354号線」 「胃袋」から探る異文化の共生 朝日新聞書評から

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年06月03日
北関東の異界エスニック国道354号線 絶品メシとリアル日本 著者:室橋 裕和 出版社:新潮社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784103549819
発売⽇: 2023/03/17
サイズ: 20cm/279p

「北関東の異界 エスニック国道354号線」 [著]室橋裕和

 タイトルにある国道354号は、茨城県鉾田市から群馬県高崎市に至る全長約170キロメートルの国道である。
 パキスタンやタイ、ミャンマーやベトナムなどなど、数々の移民コミュニティが点在して根付いてきた利根川沿いの幹線道路。本書はこの北関東の街道を「エスニック国道」と名付ける。多国籍化の最前線とも言える東京・新大久保在住の著者が、川の出合いのように異文化が混じりあい、ときに溶け合う〈サンゴーヨン〉を巡ったルポルタージュだ。
 多国籍都市となっている群馬県伊勢崎市、ロヒンギャ難民が集まる館林市、「リトル・ブラジル」と呼ばれる大泉町、そして、人口の1割が外国人だという茨城県常総市――。
 日本の田園風景の中に突如現れるタイの寺院や、東南アジアの国々と「日本」が同居する移民社会の縮図のような「亀仙人街」を筆頭に、本書に描かれる外国人コミュニティの景色はどれも興味深いものばかりだった。
 北関東にそのような〈移民ベルト地帯〉が形成された背景には、1980年代のバブル期を中心に、東南アジアからの労働力を受け入れてきた日本の歴史がある。
 本書がユニークなのは、そうした移民たちとの交流を「胃袋」を通して深めようとしていく視点だ。
 モスクのある伊勢崎市では骨付きマトンのスープ「ニハリ」に舌鼓を打ち、館林市ではロヒンギャ料理を難民の家族に振る舞われる。あるいは、休耕地だった畑でパクチーなどを栽培するタイ人の一家。彼らの営む農場を訪れた著者は、「日本の土」を耕すようになった経緯に耳を傾ける。
 土地土地に漂うスパイスや香菜の匂いに引き寄せられるようにして、軽やかな足取りで紡がれる様々な国の「もの食う人々」の生業や暮らしぶり。食べ歩きの中で「日本の中の異国」に分け入っていく様子に何より惹(ひ)かれるものがあった。
 取材される移民コミュニティは日本の地域社会に溶け込んでいる例ばかりではない。むしろ日本人と彼らの距離は〈あまりに遠い〉という現実も著者は同時に見つめている。
 移民の高齢化や技能実習生の問題、地域社会との軋轢(あつれき)など、様々な課題にどのような折り合いがつけられているのか、あるいはいないのか。異文化を受け入れる葛藤を乗り越え、共生の形をどうにか探ろうとする人の声を拾うことに著者は自覚的だ。「移民社会」の現在進行形のあり様が、深く問いかけられた一冊でもあるだろう。
    ◇
むろはし・ひろかず 1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住し、現地発の日本語情報誌で10年にわたり取材。帰国後はアジア専門ライター、編集者として活動。著書に『ルポ新大久保』『日本の異国』など。