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「日本的雇用システムをつくる 1945-1995」 「現場の事実」に立ち返る必携書 朝日新聞書評から

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年06月10日
日本的雇用システムをつくる1945−1995 オーラルヒストリーによる接近 著者:梅崎 修 出版社:東京大学出版会 ジャンル:経済

ISBN: 9784130461382
発売⽇: 2023/04/04
サイズ: 22cm/547p

「日本的雇用システムをつくる 1945-1995」 [著]梅崎修、南雲智映、島西智輝

 長期雇用にせよ年功的賃金体系にせよ企業別組合にせよ、もともと日本の雇用システムは慣行の集合体でしかない。その内実を分析する手がかりは事後的な数値の統計的特徴に頼らざるをえず、分析結果から推論しても論理的可能性に止(とど)まる。昨今流行(はや)りのデータ分析がもつこの本質的な限界に、著者らは、実際何が起こったのかを当事者が論理だてて話せばわかることだと喝破する。これこそがオーラルヒストリーだ。
 本書は、日本の雇用システムの、戦後から現代までの生々流転にこの方法を応用した意欲作である。終戦直後の工員と職員の身分差撤廃、生活賃金から職務給導入の失敗と職能資格給への移行、企業内人事管理制度の生成・運用など、広大な範囲をカバーし、のべ90人、200回以上にわたるインタビューが根幹をなす。その結果、500ページ、重さ850グラム、税込み1万円を超える。堂々たる学術書だ。
 文書資料も豊富に収録され、著者らの解説とあわせると(先行研究を読み飛ばしても)何が起こり、どう判断されたかの全体像は見えやすい。組合役員や人事担当者としての経験をもつ読者ならばなおさらだろう。
 また、今日的議論への教訓を、先輩の肉声に見出(みいだ)せるのも本書ならではの面白さだ。
 たとえば、戦前、賃金や労働時間だけではなく制服や食堂まで厳しく差別されていた工員と職員の身分は、終戦直後の混乱という特殊事情があったにせよ、同じ職場で働くという連帯感からあっさり統一された。現在の正社員と非正社員の身分差は永遠のものと考えられがちだが、本書を読むと、制度や法律の問題よりも職場のなかの分断意識が邪魔しているのではないかという見方が思い浮かぶ。
 最近復活しているといわれる職務給の考え方が、戦後の米国視察のみやげとして輸入されたことも興味深い。外国の考え方をそのまま現場に当てはめようとしたときの声、結局(仕事の変動に対する)「硬直性を打ち破るようなものには(ならず)……、アメリカの先生方が言っているのを聞いてもやっぱり硬直的なんです」という困惑は、現在の人事担当者や経営者にどう聞こえるのか、興味惹(ひ)かれる読者も多いだろう。
 日本の雇用システムを理解するためのもっともらしい仮説やキーワードはすでに山と積みあがっているが、本書で明らかになった事実を説明できなければ、その任にあらずと判断すべきだろう。現場の事実に立ち返って雇用システムを考え直すのに、本書は(重くて高いが)必携の書といえる。
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うめざき・おさむ 法政大教授。専門は労働経済学、労働史▽なぐも・ちあき 東海学園大教授。専門は労働経済学、人的資源管理論▽しまにし・ともき 東洋大教授。専門は日本経済史、経営史。