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小佐野彈さん「ビギナーズ家族」インタビュー 同性カップルの「お受験」体験から問う家族のあり方

小佐野彈さん=北原千恵美撮影

「登場人物たちが外に出たがっていた」

――ゲイカップルが後見人となった子どものお受験戦争、ハラハラドキドキの連続で、一気に読んでしまいました。この物語の構想はどこにあったのでしょうか?

 これは本当に個人的な動機だったんですけれど。5年くらい前に兄の一家、僕の甥っ子の小学校受験がうまくいかなかったんです。誰から見ても絶対大丈夫と言われていた家庭だったので、ちょっとしたアイデンティティ・クライシスみたいなものを迎えていて。たかが小学校受験なわけですよね。だけど、代々ずっと続く家にとっては、「たかが」じゃなかったりする。僕はどっちの気持ちもわかるんです。たかがと思う気持ちもわかる。ただ、僕も含めて、そういう一家で育っているので。それがいかに、その家の、家族の、アイデンティティを揺るがすくらいの衝撃かっていうのもわかる。

 小学校受験なんてものは、はっきり言ってしまえば子どもの意思なんて介在していないわけですから、甥っ子のせいではない。兄の夫婦が何かをしくじったわけでもなく、いろんな上手くいかないことが重なった。その結果の混乱というか、危機をなんらかの形で救えたらいいなという、超個人的な動機でした。

――第2章くらいまでは、ふむふむと読んでいて、その後スピードが上がり、引き込まれました。

 だいたいいつも結末にかけて巻きに入る筆の癖があって、悪い癖なのかなあ(笑)。
原稿自体は3年くらい前に書き終わっていました。初めてのエンタメの書き下ろしでしたから、読者にとって知らない世界、わからない世界、見たことのない世界を、いかに身近に感じてもらうかに苦心しながら書いていました。
 書き終えて、作品をしばらく寝かせておいたら、登場人物が外に出たがってるなというのを感じたんですよね。そういう意味では今だったんだなと思うし、急いで出していたら余計なものが入っちゃっていたんじゃないかなあとも思っています。この間に別の小説の仕事もして、自分の経験も少しづつ積み重ねていった中で、取捨選択の基準が、自分の中ではっきりはしてきた。そういう意味で、待つことで得たものはあったんじゃないかと思っています。

小佐野彈さん=北原千恵美撮影

虚実のあわいを調整

――小佐野さんは歌人としてもまず世に出ました。歌集の『メタリック』『銀河一族』と比べて、『ビギナーズ家族』は作者と作品の距離が異なる感じがしました。短歌と小説に違いを感じていますか?

 短歌って「私性」からは逃れられないんじゃないですかね。小説なんて当たり前のように虚構であってフィクションなわけですけど、短歌ってノンフィクションを前提に読まれるもので、私性からは絶対に自由になれないと思うんですよ。

 僕自身、小説は6本目なんです。デビュー作の『車軸』には自分に近いキャラクターが出てくる。それから、ほぼほぼ私小説というか、自伝として書いたのが『僕は失くした恋しか歌えない』です。8割フィクション、2割ノンフィクションくらいの感じ。『ビギナーズ家族』の主人公の秋のバックグラウンドとかは僕にすごく似ています。ふり返ってみると、今まで虚実のあわいを調節しながら書いてきた気がします。
 『ビギナーズ家族の』哲大のモデルは、「文學界」4月号に発表した「サブロク」っていう小説の和明っていう登場人物と重なっていますし、『僕は失くした恋しか歌えない』のテツとも……。誰かが、僕の書く小説の中には「年下の大阪弁のスパダリが出てくる」って言ってたんだけど、当たっていますね。書く上で楽なので、うちの彼氏をそのまま使っています。

『ビギナーズ家族』(小学館)

――『ビギナーズ家族』には、プロットなどはあったのでしょうか?

 まったく作らないタイプなんですよ。林真理子さんが僕を小説に引っ張ってきてくれた師匠で、「殴り書きでいい。手書きのいいところは脳と直結しているところだから、勝手に登場人物が動いて、勝手に喋り出し、勝手に手が疲れて止まるところが小説の終わりだから」って教わりました。それこそ『車軸』は、手書きで8日間で書いてるんです。
 『ビギナーズ家族』の最初の第1稿は、ほとんどLINEで書いては編集者に送っていました。だから、書くぞ!って状態では書いてないです。もちろん、きっちり作りこんで書くことでクオリティーを上げる人もいらっしゃるでしょうが、僕自身は計画立てて物事をやっていくっていうのが苦手なんです。

――プロットを決めて書くことのつまらなさがあるのか、書きながら自分の中で物語が開かれていく気持ち良さを選んでいるのか、どちらなのでしょう。

 決めて書けるんだったら書きたいんですよ。自宅の書斎には、ちゃんと原稿用紙に殴り書きしたプロット的な地図は壁に貼り付けてある。貼り付けてはあるんだけど、気づいたらそこから外れていっちゃう。書きながら、登場人物たちが思ってもいないような言動ををしてくれたりとかの方を楽しみたいですよね。

小佐野彈さん=北原千恵美撮影

息の長い表現者に

――影響を受けた歌人や小説家はいますか?

 歌人は、いろんな人の影響を受けてきました。俵万智さん、永井陽子さん、河野裕子さん……。ほとんど女性歌人ばかりですね。前衛短歌から影響を受けていない人って、ゼロだと思うんですよ。広い意味では、塚本邦雄とかから間接的影響はたくさん受けているんだけど、直接的に実際この人から影響を受けたなっていうと、俵さん以外で言えば、東直子さん、あとは斎藤史とかかな。

 小説家は、自分とは真逆だからこそ三島由紀夫の影響を受けているし、憧れもあります。あんな美文は書けない。あの人の、いわゆる小説ノートと言われるやつ。あれってたぶん、僕が入稿するときの決定稿レベルですよ。だけど、おこがましいんだけど、絶対に似てるところがあるんと感じるんです。

 それから、林真理子さんと桐野夏生さんは、僕にとってめちゃくちゃ憧れです。林さんは、好奇心と興味を持ったら取材を取材と思わないくらいに資料を集めていって、とてつもない速さで作品を書き上げていく。一方で、桐野さんは救いのない世界に向き合って、楽しみながら書いてらっしゃる。憧れますよね。

――これから作家としてどのように活動をしていきたいですか?

 僕はジャンルの線引きはしたくないので。歌であれ、小説であれ、息の長い表現者でいたいと思っています。書く場を与えてもらえるっていうのは、本当にありがたいことで、新人賞(短歌研究新人賞/2017年)と協会賞(現代歌人協会賞/2019年)をいただいた上で、僕が小説でもずっと筆を止めずに書き続けることっていうのは、それは短歌にとってもいいことなんじゃないかなと思っています。近世より前の日本では、歌と散文っていうのは明確に分かれていたわけではなくって、同居していたわけですから。ただとにかく書き続けることですね。それしか考えていないですね。