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東雅夫さん注目のホラー・幻想3冊 過激なストーリー、背後にある現実

  • 寝煙草(たばこ)の危険
  • 神を創った男 大江匡房
  • 迷いの谷:平井呈一怪談翻訳集成

 米国ホラーの巨匠ラヴクラフトの影響を色濃く感じさせて印象的な第二短篇(たんぺん)集『わたしたちが火の中で失(な)くしたもの』で、一躍注目を集めたスパニッシュ・ホラー期待の新星エンリケス。彼女の原点となる第一短篇集が翻訳された。

 人々が街角で脱糞(だっぷん)するシーンがなぜか二回も登場したり、死者であるはずの大量の子どもたちが、ある日突然、無言で町に戻ってきたり……といった奇矯で過激なストーリーの背後には、独裁政権下、不条理な死と隣り合わせの日常を送らねばならなかったアルゼンチンの庶民の現実が、黒々と横たわっている。それは決して対岸の火事などではないのだということを、本書は強く訴えかけているかのようだ。それはまた、今なぜラヴクラフトなのかクトゥルー神話なのかというアクチュアルな問いかけにも繋(つな)がっているだろう。

 ストレートな物件ホラー『203号室』が海外で映画化されるなど、現在ではもっぱらオカルト・ホラー小説の書き手として知られている加門七海だが、その原点は『平将門魔方陣』や『大江戸魔方陣』『東京魔方陣』など、大胆でユニークな着眼が光るオカルト・ルポルタージュにあった。

 そんな彼女が、長らく、密(ひそ)かに関心を寄せてきた、歴史上の人物がいる。大江匡房(おおえのまさふさ)だ。『神を創った男 大江匡房』は、この一見すると地味な、学究肌の官僚政治家が、生涯にわたり隠し持っていた驚くべきオカルティストとしての裏面に、史上初めて本格的な光を当てた大労作である。

 匡房が事あるごとに、己の「先達」として意識していたという菅原道真と小野篁(おののたかむら)はもとより、その血脈をたどって、遠くは「遣唐使」吉備真備から、「鉄鼠(てっそ)」でおなじみの頼豪阿闍梨(らいごうあじゃり)、さらには「鬼退治」の頼光四天王に至るまで、伝奇世界の登場人物たちが陸続と言及されてゆく展開は、まさに圧巻の一語! 最後は、有名な「野馬台詩」の仰天すべき謎解きでクライマックスを迎える……この興趣は、作者の伝奇小説に親しんできた読者にこそ、存分に堪能していただけるものと信ずる。

 創元推理文庫の平井呈一(ていいち)怪談翻訳集成の第三弾『迷いの谷』が刊行された。私が生まれた頃に刊行が始まった〈世界恐怖小説全集〉以来のM・R・ジェイムズやブラックウッドの訳業に、再び光が当たる日が来るとは……うたた感慨に堪えない。さらにホフマンやコッパードの初期訳業まで、拾遺集的に収められるとは!

 本巻の圧巻は、やはり表題作や「人形」を始めとするブラックウッド作品の度外れた怖さだろう。久方ぶりに読み直したが、ひたひたと読み手に忍び寄る恐怖の密度の濃さに圧倒された。この恐ろしさは、平井の師匠だった亡霊文豪・佐藤春夫ゆずりのものか!?=朝日新聞2023年6月28日掲載