1. HOME
  2. 谷原書店
  3. 【谷原店長のオススメ】 佐藤満春「スターにはなれませんでしたが」 「草芸人」という自意識から生まれた「本物」

【谷原店長のオススメ】 佐藤満春「スターにはなれませんでしたが」 「草芸人」という自意識から生まれた「本物」

谷原章介さん=松嶋愛撮影

「こうなりたい」と思う自分と、「どうやらそうはなれない」と悟る自分。だれしも人生の折々に理想と現実のギャップに折り合いをつけて生きています。佐藤満春さんのエッセイ『スターにはなれませんでしたが』(KADOKAWA)は、そんな人生や仕事の岐路に立つ人にとって示唆に満ちた一冊です。芸人として世に出ながら、彼の自己評価としては芸人として「第一線」として輝けなかったサトミツさんは、放送作家として活躍の場を拡げ、「何かになれなかった瞬間こそが、その人生を強く、そして本物にする」と訴えかけます。

 神奈川と東京の境、町田ご出身のサトミツさん。僕とは、サッカーチーム「FC町田ゼルビア」の応援番組で共演中です。その「人となり」は、まさに実直、誠実。僕がちょっとツッコミを入れると、とたんに挙動不審になってしまうほど、ピュアな人です。

 サトミツさんは、本のなかでたびたび、ご自身を「影が薄い」「地味」「存在感がない」などと表現します。幼い頃からどこか生きづらさを感じ、葛藤しながら、何とか自分自身や社会と折り合いをつけてきたそうです。彼の自己認識では「仕事ができなくて、スターじゃない」人間。「『J1クラス』の芸人の間で、萎縮し何もできない」とし、プロ野球と草野球の差に例え、自らを「草芸人」とまで貶めます。

「でもなあ……」と、僕などは首をかしげてしまいます。というのも、テレビで一瞬たりともスポットスポットライトを浴びたことのない芸人さんは、いくらでもいると思うんです。サトミツさんはそうではないし、いま人気絶頂の芸人コンビ・オードリーの「ブレーン」的存在でもあります。数々の構成を担うテレビ・ラジオ業界での活躍はファンにとって「神の人」とも言っていいぐらい。オードリーの若林正恭さんは、サトミツさんに「もっと自分のことを認めてあげたら」と声をかけたのだそうです。僕も同感。サトミツさんは、自分のことをなかなか認めてあげられない人なのかも知れません。

 読み進めていくと、じつは彼がとてもバイタリティにあふれる人であることがわかってきます。お笑いのライブを開催するために、自分で照明をやったり、チケットの「モギリ」をやったり、舞台のワークショップに精力的に参加したり。この世界で生きていくために、いかに着実にキャリアを積み重ねていったのかがわかります。けっして彼は「草芸人」なんかじゃないのです。

 半生が語られつつ、まわりの芸人たちとの距離感、温度感が伝わってくるのも、この本の魅力です。たとえば、若林さんのことは「若林くん」と呼び、サトミツさんにとって、どこか気の置けない存在でありながら、お笑いセンスは「到底叶わない」という畏敬の念に溢れています。いっぽう、若林さんの相方・春日俊彰さんに対しては「春日」と呼び捨て。壁を感じず、「あけすけに言っていいんだな」って思える存在なのかもしれない。サトミツさんが構成を手掛けるライブ「たりないふたり」出演の南海キャンディーズ・山里亮太さんに対しては、「山里さん」。お笑い芸人としての豊かな力量、天才的な瞬発力に対し、深い尊敬の念がこもっています。サトミツさんの視線を通じ、同時代を生き、トップを突っ走る芸人の息づかいが伝わってくるのもまた良いのです。

 ところでサトミツさんのことを「トイレ博士」「掃除芸人」として認識している人も多いのでは。お手洗いやクリーニングについて博識を披露し、その道のプロとしてメディアに登場しています。「好きなものを大事にする」という章では、トイレや掃除に対して愛情を注いできた彼が、仕事へと繋げていった経緯が描かれています。

 ただ、好きなものを仕事にしたことによって、好きなものが嫌いになる人もいるかもしれない。もちろん、さらに好きになって仕事が楽しくなる人もいるかもしれない。あるいは、好きでもない、自分とは距離があるものに対しプロ意識を持って臨める人もいるかもしれない。仕事と「好き」の関係は、一面的なことではありません。「好きなものを仕事とすることが幸せ」とは、単純に言えないと僕は思います。

 どんな人も“サトミツ”的要素は持っています。もちろん僕も。少しずつ、現実と自分の折り合いをつけながら生きている。僕自身、幸いなことに、多岐にわたる仕事をいただいています。ただ本当は、役者として、もっと上に行きたかったという思いが、なかったといえば嘘になります。でも、自分の特性と、いただく仕事には、ギャップがある。求められるものが違う。僕の現状について、サトミツさんは「キラキラとした場で司会ができて、すごいじゃないですか」って言うかもしれないけれど、それはあくまで客観的な意見で、自分の中ではいろいろな状況や環境によって、できなかったこと、受けられなかった仕事、行けなくなった海外……、そういうものへの複雑な思いはずっと抱えています。

 いま、情報番組のキャスターとして、毎朝学びながらお伝えしています。次々と舞い込むニュースに対し、どうとらえたら良いのか、コメンテーターの皆さんの力を借りつつ、さらに自分自身で追究します。こうした作業はきっと自分自身の肉となり骨となる。そう信じ日々を過ごしています。同時に、様々な角度からの意見に流されないよう、自分の「核」を持ち、最後には、自分なりに考えた場所に着地したい。じゃあ、僕はどこに重心を置きたいのか。少なくともそれが定まらないまま進行し、霧消してしまうことだけはないよう気をつけています。仕事について言えば、きっと皆さんと同じではないでしょうか。現状に対し、日々、僕も葛藤しながら生きています。

あわせて読みたい

 サトミツさんの本を読み、あらためて「芸人」とはどんな存在なのか思いをめぐらせました。番組で共演する芸人の皆さんを見ていると、まなざしの向け方や発言のタイミング、周囲との間合いに至るまで、全方向にアンテナを張って臨む姿に感服します。「平成ノブシコブシ」徳井健太さんのエッセイ『敗北からの芸人論』(新潮社)には、どん底を経験し、いま第一線で活躍する数々の芸人たちの生きざまが克明に描かれています。徳井さんの視線もまた真摯で、心を打たれるのです。負けたからこそ得られた強さ、そして優しさがあると信じます。

(構成・加賀直樹)