「完封しなきゃ勝てない」
――ご出身はどちらですか?
東京です。
――そうですよね。関西出身の方が詠んだ歌ではないと分かります。なぜ阪神ファンに?
もともと野球がすごく好きで。どうして、というのは自分もわからないけど、小学校の時は、デーゲームのある時は学校に行かないで野球を見るし、高校野球も始まると見ていました。特定のひいきのチームがあったわけではなくて、でも東京だったので西武ライオンズの試合をよく見ていました。
――そこから、なぜタイガースに?
1985年でしょうね。その年の日本シリーズ、相手チームのタイガースってどんなチームなんだろうって。私は西武沿線の子どもが入るライオンズのクラブのようなものに入っていたので、どれだけライオンズが強いか、子どもながらに知ってたんですけど、それを粉砕したこのチームは何だ?って。でもその時、タイガースが大好きになったわけじゃないと思うんですよね。
――その後、阪神タイガースは長い長い「暗黒時代」と呼ばれる低迷期に突入しますが。
結局、強いとか弱いは関係ないんですよ。つまり理由なんてないんです。好きなことに理由はない。これが答え。
――なるほど、深い言葉ですね。恋愛と一緒かもしれません。では阪神タイガースのどういうところに惹かれたんですか?
どうしようもなかったんですよね、何か。80年代後半から90年代半ばぐらいまでの阪神タイガースっていうのは。ただ私、昔から投手がすごく好きで、ダメな時代に藪恵壹という一筋の光みたいなすごい投手がいて、惹かれてたっていうのは強烈にあります。見ていて心打たれましたね。
暗黒と呼ばれた時代に投げていた藪が「完封しなきゃ勝てない」と言う――5月19日 ×
――2000年代半ばから、常に上位争いはする、まあまあ強いチームになってきましたが、これまでの人生、阪神ファンでよかったことは?
滅多に勝たないから、勝った時の喜びがすさまじいんですよ。この世の全ての喜びが自分の手に入ったみたいな。あと、大阪の面白さを知れたというのもあります。初めて甲子園に観戦に行った10代の時に、あんなに「みんなが阪神を好き」っていう環境に一人で投げ込まれた時、私、全く孤独じゃなくて。周りがとても優しかったのを覚えています。
「残塁の数を数えて甲子園」
――収録された短歌は、2022年シーズンの阪神タイガースの試合後に詠んでいます。開幕9連敗という、ひどいスタートでしたけど、なぜ短歌を詠もうと思ったんですか?
当初は短歌を詠もうと思って始めたわけじゃないんです。開幕9連敗、この状況に対して自分の中にいろんな感情が溜まっていたんですよ。怒りとはちょっと違う、哀しさとかもあったし。そういう負の感情が自分の中にごちゃごちゃになっているとき、なぜかポンって短歌が出てきたんです。
残塁の数を数えて甲子園きみは十二でぼくは九つ――4月8日 △
それをTwitterに投稿した直後に、何を血迷ったのか「私これ毎試合やります」って宣言したんですね。それから全ての試合を短歌に詠みました。
人間は野球ひとつで気が狂うたとえばこうして短歌詠んだり――4月15日 ○
――選手は頑張ってやってるし、最善を尽くしていいところまで行くんだけど、何故かうまくいかない日が続いてしまう。人生ってこんなもんかなっていう「痛み」を、この本からは痛烈に感じるんですよね。
それぐらい私にとって野球がもう、生きている中の一部だから。野球自体が悲しければ私も悲しいんですよね。
大山のタイムリー見て給食がカレーだった日のこと思いだしてた――4月16日 ○
――これ、どういう意味なんですか? なんかすごくよく分かるようで、わからない……
ずっと負けていたわけですよ。勝率もゼロ割台、4月の中旬でありえないですよね。すごく感情が高ぶってしまう状態だったんです。ちょっと嬉しいことがあるだけでも泣いちゃうみたいな、感情の乱高下の中にいた時、四番の大山悠輔選手、みんな大好き大山選手がタイムリーを打った喜びと、子どもの時に「あ、今日なんかカレーの匂いするから給食カレーだね」っていう時の喜びが、いきなり頭の中で結ばれたというか、嬉しかった時の記憶が出てきたんですよ。詠もうと思って詠んだ歌じゃなくて、勝手に出てきた歌。
「いいえ私は阪神の女」
――短歌のご経験は。
唯一、高校1年生の時に国語の授業で一首作った記憶はあるんですけど。(いきなりTwitterで始めるなんて)まあおかしくなってたんでしょうね。
いいえ私は阪神の女ノーアウト二塁で点が取れないの
いいえ私は阪神の女まだ一度もカープに勝てないの
新橋の陸橋の下でサヨナラを食らった夜だ消えゆく夜だ――6月22日 ×
――美川憲一さんの顔が頭に浮かんできましたけど(笑)、最後の歌は個人的な悲哀を重ねているようにも読めます。
決してそういうわけではないんですけど、阪神がサヨナラ負けをしたこと自体が、もう私の悲哀なので(笑)。冒頭の二首はふざけて、最後の一首で「ふざけてるけど、ちょっと悲しいんだよ」と蹴散らしているところもあって。実はこの裏で失恋をしているとか、読むのは読者の自由なので、そこに私は介入する必要はないと思っています。
――短歌って、詠み手の意図とは全く別に、読者の側がいろんな想像を膨らませて広がっていく、そんな力もあるんでしょうね。
あとひとつ勝てば借金ゼロになる夜の空気に当たってきます――7月23日 ○
これはTwitterで野球ファンの人から「自分が借金を返し終わった夜のことが一挙によみがえってきた」って言われたんですよ。歌の力って自分では全然自覚できてないですけど、そういうことがあるんだなって思いました。
岩崎が打たれたときの哀しみは二十時で閉まる酒場に似ている――6月30日 ×
――チームのために黙々と(中継ぎも抑えも)何でもこなしてくれる岩崎優投手。こんなに苦労かけているあなたが打たれてしまったら、哀しいけど何も文句を言えない。
まだコロナで緊急事態宣言という騒ぎが収まっていない時、日本に住んでいて初めて見た光景を忘れられないんです。駅から家に帰ってくるまで賑やかにやってる店、はみ出したおっちゃんたちが飲んでる店がもう一切なくて、真っ暗なんですね。なんて哀しいんだろうって。
岩崎投手っていうのは、阪神ファンにとって特別な投手なので、打たれると哀しいんです、とにかく。何もできないんですよね。8時で酒場が閉まるのも、私たちにできることは何もないんですよ。助けられないんです。通って応援する以外は何もできない。そういう哀しみと似てたんですよね。
「どこにも帰れぬ私みたいで」
阪神のホームは今日も遠すぎてどこにも帰れぬ私みたいで――10月9日 ×
「私」というのは、今まで生きてきた自分の総体みたいなものが、この歌に入っちゃった感じです。全然点が取れない試合だったんですよ。「どこにも帰れてないな、私」という感覚が、小さい時からずっとあって、それがそのまま出てきたんじゃないかと思いますね。
――やはり、負けた日の方が、いい歌が多いような気がします。
勝った時って、前半戦の段階では歌を詠む理由がなかったんです。まだ最下位だし、勝ったところで上位に食い込めるわけではない状況で、感情もそんなに動かない。だから負けた時の「感情全乗せ」みたいな歌が、あまり出てきてくれなかったんですね。ただ、急に勝ち始めて、上位に食い込んだあたりから、勝った時の歌もよくなってきた感覚はあります。
――そしてそれが本になりました。
本当にこれ、何かにしようと思ってやってたわけじゃないんですよね。もちろん本になるなんて1ミリも思ってなかった。まっさらなところで勝手にひとりで遊んでたっていう認識でしかなかったので。ただ、偶然にできたわけじゃなくて、自分が今までやってきたことが結晶化されたんだとも思うんです。だから皆さんが「心が動く」って言ってくださっていると思うので。
――読者からの反応で印象に残っているものはありますか?
読者カードで驚いたのは、18歳の男の子が送ってくれたんですけど、今、本って高いじゃないですか。税込1760円の本を買って、切手を貼って送ってくれたことに、もうなんか胸がいっぱいになっちゃって。
あと、中日ファンの方が送ってくれたカードが何枚かあってびっくりしたんです。ドラゴンズも投手がいいチームだけど、打てなくて勝てないというところで感情移入されている。「とにかく泣いた」「全部中日の話にしか思えない」って書いてるんですよ。
結局、私が一番うれしいのって、ひとつの球団にしか興味がない人じゃなく、野球好きな人なんですよね。「野球がとにかく好きなんだよ」っていう人たちが反応してくれているのが嬉しいですね、阪神ファンに限らず。
――池松さんは今後また短歌は続けていくつもりですか?
書くことは一生続けていくことなので、そのとき自分が書きたいことが短歌であるか、散文であるか、詩であるか、その時になってみないとわからないですね。
――今年の阪神は好調なので、もしかすると、池松さんの心が激しく揺さぶられることが起きるかもしれないですね。
この「今年こそ!」みたいなことになった後に、急転直下でまくられて突き落とされるっていうこと、初めてじゃないですから。何があっても、最後まで安心はできないです。
――池松さんの次の作品のためにも、18年ぶりの「アレ」を祈っています。
でも逆に言うと、去年もまさか阪神がクライマックスシリーズに出られるなんて思ってなかった。だから今セ・リーグで「何で勝てないんだ?」っていうチームだって、何があるかわからないですよね。
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ポッドキャスト「好書好日 本好きの昼休み」で、池松さんのインタビューをより詳しくお送りしています。