とにかく活字、気づくと読んじゃう
――アーティスト名「Lil' Leise But Gold(リル・レイゼ・バット・ゴールド)」の意味と由来を教えてください。
意味は「体は小さくても金みたいに輝いてる」みたいな感じ。この名前は夫のKMがつけました。私からもいろいろ案を出したけど却下されて(笑)。いろいろ出した中から2人で要素をピックアップして、言い換えたり、違う言語にしてみたり。Leiseはドイツ語で小さいって意味。Lil' Leise But Goldは完全な造語ですね。
――ちなみにリルさんからどんなアイデアを出したんですか?
私はレゲエのセレクターをしているので、その名義でシンガーの活動もしようかと思ったんです。でもその名前も含めて、私のアイデアだとガーリー過ぎちゃってて、もう少し強めの要素も入れたいよねって話になったんですよ。で、「ゴールド」ってどんなに小さくても価値があるよねってなって。そんなこんなで「ちっちゃくても金」っていう意味のLil' Leise But Goldが誕生したんです。
――SNSを拝見すると、よく読書されてますよね。
そうですね。結構厳しい家庭で育ったので、子供の頃から娯楽のメインは読書でした。小学生の頃は毎日図書室に入り浸って、週末は近所の図書館、みたいな。とにかく活字って感じ。説明書とかお菓子の箱とか辞書とか地図帳とか。気づくと読んじゃうタイプです。
――好きなジャンルは?
なんでも読むけどファンタジーやミステリーがすごく好きですね。それこそ小学生の頃は「UFOのなんとか」みたいな本も読んでました(笑)。あとはヨーロッパの妖精図鑑とか。
――いろいろ意外です。西麻布のバーでKMさんと出会ったとうかがっていたので、さぞかしはっちゃけた10代を過ごしてたんだろうなと邪推してました。
全然そんなことないですよ。夜クラブに行き始めたのは高校を卒業してからだし、本格的にハマったのも18歳になってからですから。20代はいろいろありました。ものすごくストイックなジャズボーカルの先生に歌を習ったり、それとは別で体を壊してしまったり。その話を始めたら本の話題にたどり着けない(笑)。
――(笑)。
あっ、でも一個だけ良い話としては、そもそもKMと出会ったのは誰かの紹介とかではなく本当に偶然で。あの日、彼がDJをしてたお店に行くまで西麻布なんて行ったことなかったんです。夜遊びといっても、渋谷か新宿がメインでしたし。西麻布ってものすごく大人の世界というか敷居が高い印象を持ってましたから。たまたま仲の良い先輩に「行かない?」って誘われて、恐る恐る着いていった感じ。もし断ってたら出会ってないと思います。こういうのって誰の人生にも何個かあるとは思うんですけど、あの先輩の誘いは私の人生の明確な分岐点の一つだと思いますね。
岩井さんは観音様みたいな存在
――で、今日はどんな本を紹介していただけるんでしょうか?
じゃあ岩井志麻子さんから。岩井さんといえば「5時に夢中!」というテレビ番組で全身豹柄の服やタイツを着た姿の印象が強いですよね。実は岩井さんって、昔、竹内志麻子名義で少女小説を書かれていたんですよ。そんなことも知らずに『ぼっけえ、きょうてえ』を読み終わった後、最後の著者紹介で岩井さんと竹内さんが同一人物だったと知ったんですね。実は私、小学生のときに竹内さん名義の小説を読んでいて。ティーンの恋愛を描いていたから、すっごいドキドキしながら読んだのを覚えてたんです。そこから岩井さんに一気に親近感が湧いてきて。
――意外です!
ですよね。で、今日持ってきたのは『邪悪な花鳥風月』です。これは人間の根底にある闇、欲望やずるさを多面的に描いたホラーです。私の中には、「自分はなんて薄情な人間なんだ」という自分自身に対する失望があって。偽善的というか。例えば、友達の悩みごとを聞いたとして、ものすごく共感して⼼からなんとか⾃分にできることはないだろうかと考える⼀⽅で、「私と友達は別の人間だから、結局私には聞くことしかできない」と思ってる。無⼒で具体的解決をしてあげられるわけじゃないのに相談に乗って、それだけでなんだか結果的に良い⼈と思われるのは卑怯なんじゃないか、みたいな。友達も別にそんなこと求めてないだろうし、考え過ぎなのはわかってるけど、その違和感と無⼒感に結構長いことさいなまれていたんですよ。でもこの小説を読んで、「あ、こういう⼼の中でぐるぐるいろんな思いが渦巻いているのって私だけじゃないんだ」って気づけたんですよね。
――誰とも共感/共有できないと思ってた感覚が。
うん。しかも文章がさらりとしてて下品じゃないんです。人間の熱感とか、湿気感とか、美しいものにも濁った部分がある感覚とか、つい澱みが出そうだけどそうならない。汚れちゃってることも文章の美しさで昇華させてた。「5時に夢中!」でのあの⾐裳の雰囲気とはある意味全然違うんです(笑)。
――岩井さんの作品は読んだことなくて、もっとドロドロした重い文章かと思ってました。
文章自体はすっごく読みやすいです。でも時々ドキッとしちゃう言葉がある。欲や残酷な気持ちを持つ瞬間とか。これは自分が歌詞を書く上でも意識していることなんだけど、なるべく⾳的響きは綺麗な⾔葉を使って、でもその中に⾃分の持つ欲望や⼈にさらけ出せない感情、⽇記にしか吐き出せないような想いを表現する。そういう意味でも私にしっくり来る作品。よく読み返します。
――いつ頃、読んだんですか?
これはね、30代になってから。子供を産んでからかも。『ぼっけえ、きょうてえ』はもうちょい前に読んでるんですよ。
――『邪悪な花鳥風月』はどんな話なんですか?
ある優雅な主婦が小説家になろうと賞に応募したら、トントン拍子に小説家への道が開け、ウィークリーマンションを借りて執筆作業に入るっていう出だしなんですよ。マンションの窓から階下に見えるちょっと古ぼけたアパートに住む住人たちを観察して、小説を書いていくという。途中でちょっとファンタジックな話になったりして、どんどん話が紡がれていくのが面白いです。岩井さんは重い話をサラッと書かれるんですよ。ゾッとするようなことも。そこが好き。なんていうんでしょう、人間の念、生きてる人の情念って幽霊よりも恐ろしいよねっていうか。
――バラエティー番組ではあのキャラクターなのに(笑)。
逆に信頼できますよね(笑)。岩井さんの作品はエッセイも含めてかなり読みました。さっきも少し話しましたけど、私は20代で体を壊してるんですね。その時に勤めていた会社の上司からセクハラを受けていたことがおそらく原因で不調が体にも出た。その⼈は⽗と同じくらいか少し上くらいの年齢だったんですけど、社会に出たばかりの私は、なんでそんなことされるのか、どうしてそんな⽬で⾒られるのかわからなくて。それを会社に訴えても相⼿が地位のある⼈だったから全然聞き⼊れてもらえなかった。ひどいことも⾔われました。会社対⾃分で、その時は世界が全員敵になったみたいな感覚でしたね。傷ついて、しまいには体も壊してしまった。結果そういう年齢の男性は父以外、しばらく怖いと思うようになってしまって。
――僕らの20代はそういうことがまかり通っていた時代ですしね。弱者は切り捨てられるものというか。
うん。その会社は辞めて、以降は派遣やアルバイトで働くことにしました。同じことがもし起こってしまったらと思うと、すぐに逃げられない正社員で働くことが怖くなってしまって。その頃から私は毎晩のようにお酒を飲むようになりました。「昼の世界、夜の世界、同じように傷つくなら、夜の酒の席で傷ついたほうがごまかしが利く。なんなら対価をもらってやる」と考えていました。それが当時の⾃分なりの防衛本能だったんだと思います。あと、そうやって復讐⼼で⽴ち上がるしかなかったのかもしれません。
――復讐心?
うん。なぜ相⼿は地位も暮らしも失わず、私は⼼まで壊れてしまったのかっていう理不尽さに対する復讐です。結果、なんの復讐にもなってなかったんですけど(苦笑)。でも、岩井さんの数々のエピソードを読んだり、夜のバーカウンター越しにお客さんと会話したり、そういう中で、みんなそれぞれに虚しさや悲しみ、心の闇があるんだなってことを改めて知りました。それまでは、こういう感情が渦巻いている私はすごく汚れていると思って苦しかった。岩井さんの作品と⼈との会話のおかげで、そんな自分も受け入れよう、できれば責めず恥じず自分のことを愛したいと思えるようになったんです。
――特に印象的な作品はありますか?
「現代百物語」かな。エッセイ的な怪談小話集で、シリーズを通して読んで、結局自分も含めて、生きてる人間は死んだ人よりも不可解で怖い、でもなんだかそれも含めて⼈間味だし、割り切れないものよね、と俯瞰的に思えるようになったんです。
――確かに別々の他人が発した断片的な言葉たちが、ある日、自分の中で突然合致して、長年のモヤモヤの輪郭が見えてくることってありますよね。
そうそうそうそう。岩井さんの作品を読んで「自分は薄情なんじゃないか?」とか「洗っても綺麗にならないものなんだ」という⾃分を攻撃していた感情が言語化されたんです。それまでは自分が何に悩んでいて、何を許せなかったのかが、わからなかった。岩井さんはすごく美しい⽂章でその不可解な感情を⾔語化していて救われた部分がありますね。しかもあのキャラクターで、ものすごい下ネタと同時にラストで全てを許し受け入れてくれるような意味のことをポロっておっしゃったり。岩井さんは私にとって観音様みたいな存在です(笑)。
――あと、時間が経ってからわかることもありますね。
そうですね。そういう意味では歌詞を書き始めたのは⼤きいと思います。殴り書きノートみたいなものは昔からあったんですけど、ちゃんと誰かに聴いてもらうことを意識して書く歌詞とそれは全然違うし。⾃分にとっては消し去りたかった過去も歌詞になることで昇華されて、聴いてくれた⼈がそれぞれ解釈してくれたり、考察したりしてくれるのもすごく嬉しい。ああ、なんかいろいろ無駄じゃなかったんだって救われます。
「日常の中で透明になりたい感覚」
――では、次の本を紹介してください。
吉本ばななさんの『とかげ』です。ばななさんの本もたくさん読んだんですが、今日は10代で読んだこれを持ってくることにしました。
――何度も読んでよれた紙の雰囲気から、本への愛を感じます(笑)。
今回取材のお話をいただいて、何を紹介しようかすごく悩んだんです。そういえば『とかげ』も本当に何度も読んだなあと思ってパラパラっと読み直してみたんですよ。そしたらあとがきに、「時間と癒し、宿命と運命についての小説です」と書いてあったんです。当時は全然気づいてなかったけど、あの頃もそういうものを求めてたんだなって思ったんですよね。
――岩井さんの本にまつわるお話にも通じますもんね。
そうなんですよ。私にもいわゆる「悩める10代」みたいな時期はあって。でも死にたいと思ったことはなかった。だって死んでしまったら親や友達が悲しむから。だったら、存在自体が泡みたいに消えて無くなってしまえば、そもそも自分がいなかったことになれば誰も悲しまないじゃん。痛くないし、みたいな。それも「日常の中で透明になりたい感覚」というような表現で、あとがきに書かれていて。
――当時は理解できなくても、なぜかしっくりきたからずっと読んでいたんですね。
自分の歌詞も孤独感が軸なんですよね。物理的な孤独と精神/感情的な孤独は別で。周りにいろんな人がたくさんいても寂しい時はあるし、独りなのに満たされてることもある。そういう対極の孤独感が自分のテーマなんです。今回、改めて『とかげ』のあとがきを読んで、私は昔から変わってないんだなって気付かされました。
――愛読書の取材をきっかけにそれを思い出すというのも不思議ですね(笑)。
そうですね(笑)。この本のテーマに沿って『孤独と愛』でいえば、私は恋愛に関して、支配的な愛し方しか知らなかったんですよ。相手のことを全部知っていたいし、常に連絡もしてほしい。それって管理じゃないですか。愛というより執着。でもそうじゃないと感情のコントロールもできなかったし、そういう意味ではKMを傷つけてきたこともあると思う。
――今のお二人からは想像もつきませんけど。
結婚して、子供が生まれて、そこを抜け出せたんですよね。このままじゃだめだと思って。あとKMがずっと変わらずフラットでいてくれたことも大きかったです。
――KMさんと家族になって、お子様も生まれて、自己嫌悪してる場合じゃなくなった的な?
その時期なんです。そういうやり⽅は健全な愛し⽅じゃないって気付いて、精神的な呼吸の仕⽅を変えた。そしたらいろいろうまく回るようになりました。だけど、いくら変わることを⼼がけても、なかなか⾃分の全てをリニューアルできるわけではないから、やり場のない感情やうまくいかない思いは常に⽣まれてくる。だからそういう思いを吸ったときは歌詞にゆっくり吐き出すことにしたんです。
――お子様が生まれるまでのリルさんは、自分の中にある孤独とどういう距離感で向き合えばいいかわからなかったんですね。
うん。相手を把握して、管理して、すき間を埋めて、孤独を感じないようにしてた。だからきっとKMはしんどかったと思う(笑)。でも彼は私を見離さなかった。
――リルさんが元々そういう性格で、しかもDJは人気商売ですから、余計に難しいですよね。
ほんとそうなんですよ(笑)。私は今まで恋⼈と恋愛の関係になっても、楽しいのは最初の3カ⽉だけで、それ以降は恋に溺れて地獄の⽇々。でも⾃分がなぜこうなってしまうのか分からなくて。これは後の話ですけど、KMは当時のそんな私を見て「このままじゃ、この人ダメになるな」と思って手を離さなかったと言ってましたね。
――KMさん、かっこいいですね。
こんな話、友達にもしたことないです(笑)。でもこの2冊を紹介するなら避けて通れないトピックだったんですよ。読書は自分の人生とすごく密接なものだから。『とかげ』もスネに傷持つような人やカップルが出てくるんですね。どの話もそれぞれの問題をそれぞれに受け入れたり、決着をつけたりして進んでいくんですけど、私自身もそうなりたいと思っていたのかもしれない。
ちょっと余談なんですけど、⼦供の頃、姓名判断をしたら⼤器晩成って書かれたんですよ。私はそれがすごく嫌で。「がーん! 10〜20代のキラキラしてる時期に私は輝けないの?」みたいな。とはいえ、今になってみると、⼤器晩成は⾔い過ぎかもしれないけど、だんだん本質的に⼤きく優しい⼼になれてる気はしています。
人生こういう選択の連続だな
――では最後の本を。
『1000人のボーイフレンド』というゲームブックみたいな本です。
――ゲームブック、懐かしいですね(笑)。
そうそう。読んでると何個か選択肢が出てきて、こうしたら○ページへ、これだったら○ページへ、みたいな。確か、20代の時、どこかに遠出する時、駅かどこかでパッと買った本なんです。恋愛の話ではあるんだけど、選択によっては突然エイリアンにさらわれたり、ハリソン・フォードみたいな人と恋したり、ぶっ飛んだ選択肢が多くて。その先が気に入らない結果だったら、別の選択をして読み進めていくんです。
でも改めて、人生ってこういう選択の連続だなって思うんですよ。例えば、週末、もうお風呂に入っちゃったあと友達に「遊びに行かない?」って誘われて、断ったとしてもそれはそれで満たされるだろうけど、逆に「OK! 急いで⽀度するね!」って⾏ってみたら危険な⽬に遭うかもしれないし、素敵な出来事が待ってるかもしれない。
――なるほど。
この先どうなるかはわかんないけど、⼈⽣って⼤なり⼩なりターニングポイントがあって、その選択の連続で、⼀歩⼀歩進んで⾏きますよね。消えてしまいたいと思ったことや、思い出すだけで顔を覆うくらいの恥ずかしいこともたくさんあって、直後は消し去りたいと思うけど、その⼀個⼀個の喜びや悲しみが積み重なって、家族ができて、私は今も歌を歌ってる。そういう意味では、過去をなしにして、戻ってやり直したいとは思わないんですよね。傷は消えやしないけど少しは薄れた。あの頃より少しだけ強く頑丈になった、そう思えたから。
――最高ですね。
暇つぶしにもちょうどいい本なのでおすすめですよ。