『三千円の使いかた』が昨年の文庫ベストセラーの第1位になった人気作家。注目の新作は、夜だけ開館する東京郊外の不思議な図書館が舞台だ。秘密めいた雰囲気の建物には、さながら博物館のように、物故作家たちの蔵書が収められている。
「編集者との打ち合わせで何げなく口にした、『夜の図書館』という一言が執筆のきっかけでした。そこに大阪の司馬遼太郎記念館のような、作家の蔵書ばかりを集めた施設のイメージが重なって……」
そんな図書館で起こる風変わりな“事件”の数々が、新入りの館員らの視点で語られる。有名作家が今は亡きライバルの蔵書を見せろと怒鳴り込んできたり、かつて愛した男をしのんで本を拝む老婦人が現れたり。館員の一人のこんな言葉に、本作のテーマが透けて見える。〈蔵書というのは究極の個人情報です〉
「書棚の本から持ち主のなりたい姿が垣間見えたり、書き込みや付箋(ふせん)の位置でその本がどう読まれたのかが分かったり。他人の蔵書を見たいという気持ちは、私もよく分かる」
『ランチ酒』など食にまつわる作品を多く手がけてきたが、本作では実在の文学作品に登場するメニューが「まかない」として出される場面も。向田邦子や田辺聖子らが描いた料理に、ページをめくる手を止めてつい台所に向かいたくもなる。
90万部を突破した『三千円~』をはじめ、自身の作品はリアル書店で買ってくれる人が多いと感じている。だからこそ、元書店員の主人公らが語るセリフには、書店の相次ぐ閉店や司書の非正規雇用といった本を取り巻く厳しい現実も重ねた。「読者の皆さんに、本を支える人たちの現状を知ってもらうきっかけにもなれば。色々な意味で、本好きの方々に読んでほしい1冊です」 (文・西田理人 写真・山本倫子)=朝日新聞2023年8月26日掲載