今年の日本SF大賞受賞作「残月記」で注目を浴びている作家、小田雅久仁(まさくに)さんが奇想あふれる怪奇小説集「禍(わざわい)」(新潮社)を出した。10年余りにわたり、人体のパーツをモチーフに書きためた短編からよりすぐった7編が並ぶ。
「作家として時間がたっても古びない変な話を書きたいと思っていて。12年前に初めて雑誌に載った短編が耳をモチーフにしていたので、体の一部から発想した作品を書き続けてみようと。いずれ一冊にまとまればと思っていたんですが、やっと実現しました」
その短編「耳もぐり」は確かに変な話だ。失踪した恋人のアパートを訪れた「私」は隣人を名乗る男に出会う。男によると、失踪には人間の手が隠し持つ能力「耳もぐり」が関わっているというのだ。
冒頭に置かれた「食書」もヘン。小説家の男が空室と思って入った多目的トイレには小肥(こぶと)りの女が便器に座っていた。膝(ひざ)には本。読書中かと思ったら、女は突然ページを破りとり、丸めて口に入れてごくり。女は「絶対に食べちゃ駄目」「一枚食べたら……もう引きかえせないからね」と言い捨てて、姿を消した。
「口の話を書こうと決めて、何を食べさせたら面白くなるだろうかと考えて、本はどうかなと。文字を追って物語に没入するんじゃなく、食べた方がより没入感が高まるんじゃないかなと想像したんです」
「食書」の小説家は結局、本を食べる。何が起きるかは読んでみてのお楽しみだが、日常と地続きの発想から、思いも寄らぬ方向へ転がっていく筆運びは全話に共通している。
「鼻ってそがれるのが一番嫌だな」と書き始めた「農場」は実験的作物ハナバエを育てている施設を舞台にしたSF風奇譚(きたん)。「小さいころから散髪のたびに切り落とされる髪が不気味で。髪を使ってどこまで気持ち悪いことができるかを考えて」生まれた「髪禍(はっか)」は、宗教団体主催の儀式にサクラとして参加した女が身の毛もよだつ体験をする怪奇色の濃い作品だ。
一方で、幻想風味の「喪色記」やコミカルなパニックホラー「裸婦と裸夫」など、作風はバラエティーに富んでいる。怪作「本にだって雄と雌があります」(12年)から21年の「残月記」まで、本を出せなかった時期の試行錯誤がうかがえる。
「先日亡くなったコーマック・マッカーシーのような一文一文が長くて濃密な文章を読むのが好きで、自分も粘着質な感じで書いていたんですが、やっぱり読みにくいと言われて。漢字を減らしたりして、読みやすい文章を模索した時期ではありますね」
近年のアジアンホラー人気を受け、本作はすでに韓国や台湾などでの出版が決まっている。「体のパーツは万国共通。登場人物が感じている恐怖がうまく伝わるといいですね」(野波健祐)=朝日新聞2023年8月30日掲載