自信がない。私なんて……。そう思ってしまう人に届けたい。藤岡陽子さんの新刊「リラの花咲くけものみち」(光文社)は、女性がもがきながら自分に目覚めて歩き出す、いとおしい物語である。
継母とうまくいかず、不登校になった岸本聡里(さとり)の心の支えは愛犬パールだった。案じた祖母チドリに引き取られ、獣医師を志して北海道の大学へ。引っ込み思案だったが、大学の仲間や獣医師、動物とかかわり、生きる力を得ていく。
構想の源は藤岡さんの長女だ。北海道の酪農学園大学で獣医師になるため学んでいる。「保育園の卒園文集からずっと、将来の夢は獣医さんと書き続けた子だったんです」
長女の話を通して、学生の奮闘ぶりを知った。動物の種類によって知らなければならないことは多く、実験でつらい場面にも遭遇する。
「動物が大好きな学生たちにとって、しんどいことも多い。その苦悩をどう乗り越え、人として強くなっていくか。伝えたいと思った」
長女の鹿児島での「大動物実習」に同行。5泊6日で牛や馬を飼う農場をまわる獣医師について、牛の出産など様々な場面を見た。
そこでの獣医師の言葉が胸に刺さった。「ものを言わない動物相手だからこそ、人間性が問われる仕事です」という一言だ。今作を書く支えになった。
牛や馬を飼う農家に対して親身になり、動物に誠実に向き合う獣医師たち。「牛が生まれて育って、出荷されていく。母牛になって子どもを生む。長い時間を医師は見守って、農家の人たちの人生にかかわっているんだなと」
その関係性から感じた。ここに居場所がある――。
ひきこもりの生活をおくり、臆病だった聡里だが、夢を持って変わっていく。物語は大学入学の18歳で始まり、自分の居場所を見つけ、たくましくなった30歳までが描かれる。藤岡さんは書き上げた時、涙がこみあげたという。
「だれだって自信なんかないですよね。どんな場所からでも一歩一歩前に進めば、やりたかったことにたどりつけるんです」
自らの経験が重なる。スポーツ紙の記者になったが4年で退社し、タンザニアに1年間留学した。その後、27歳から小説を書き始め、デビューしたのは38歳の時だった。
記者時代はスポーツ選手の成功を多く書いた。だけど、挫折した人のことを書きたい。そう思ったのが小説家を目指すきっかけだ。なかなかデビューできない中、看護師の資格をとった。いまも週2回ほどクリニックで看護師として勤めている。
「あきらめずに作家になって15年目。だから、一歩一歩進む大事さは身をもって知っています」
しんどい思いをしている人にメッセージを届けたい。「人は何回でも生き直せる。いまダメでも、ずっとダメなわけじゃない」
再生は藤岡さんの大切なテーマである。それを支えるのが祖母チドリのようなまわりの人たち。チドリは孫の夢をかなえるために、人生の残りを使う。
そして、今作では北海道の自然が大きな力となる。心を回復する舞台として、花も野鳥も風も厳しい寒さもみずみずしく描かれる。
「人は変わっていく生き物。いつだって、自分の気持ち次第で未来は変わると言い続けたい」(河合真美江)=朝日新聞2023年9月13日掲載