ISBN: 9784808310882
発売⽇: 2023/08/24
サイズ: 19cm/245p
「南海トラフ地震の真実」 [著]小沢慧一
全国の地震、中でも被害が特に大きいとされる南海トラフ地震について政府が発表した「発生確率」は、科学的な根拠が薄い。研究費という甘い汁を吸っていた地震学者らは、怪しいと知りながら、そこに科学のお墨付きを与えていた――。学問の恥部を暴く、痛快で、やがて悲しいノンフィクションだ。
西日本の太平洋沖にある南海トラフでは、地震が30年以内に「70~80%」の確率で起きると、政府は予測している。著者の地道な取材によると、これはほかの地震より高く出る、特別な方法ではじいた数値だ。
この「えこひいき」がなければ20%程度。でも発生確率が下がれば地震対策費が減り、研究費も減る。政府の委員会メンバーだった研究者たちは、過去の防災対策とのつじつまを合わせたい役所の論理に抵抗しつつも、最後は受け入れたという。
話はまだ終わらない。著者は南海トラフだけでなく、政府が発表した全国各地の地震発生確率をまるごと疑う。阪神大震災や新潟県中越地震など、過去に大きな地震が起きたのは、「リスクが低い」とされていた地域ばかり。そんな予測はそもそも当てにならないのでは、と。
白状しないといけない。ワクワクしながら読みつつ、同時につらかった。地震学者たちへの批判は、そのまま私にも突き刺さるからだ。
私は著者と同じ新聞記者で、地震の取材経験もある。南海トラフの根拠はともかく、政府の地震予測は科学的に眉つばだと思っていた。地震研究を取材した記者に、あの予測を怪しんでいた人は少なくないはずだ。
なのにそれを受け入れ、記事にしていた。多少怪しくても、数字を示して備えを呼びかけるのは悪くないし、政府の公式発表を無視するわけにもいかない。そうやって、自分を納得させていたと思う。
著者は言う。特定の地域が危ないと宣伝すれば、ほかの地域に「安全神話」が生まれ、住民や自治体を油断させてしまう、と。おっしゃる通り。疑問を感じていたのだから、取材で突き詰めておくべきだった。
ある人は著者に、「体制が動き出すと研究者も駒でしかなくなる」と打ち明けている。国策と一体化した科学は、ときに科学を忘れる。これは地震学に限らない教訓だろう。
研究者や記者ではない人も、本書を楽しめるはずだ。著者は予測の根拠となった古文書を探して高知県室戸市を訪ね、拾い集めたヒントから、データのいかがわしさに気づいていく。自分の力で事実を見つけることの面白さが、ビシビシ伝わる。
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おざわ・けいいち 1985年生まれ。2011年に中日新聞(東京新聞)入社。20年に連載「南海トラフ 80%の内幕」で科学ジャーナリスト賞。