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「ルー・リード伝」 米で酷評の曲も東欧で革命の力 朝日新聞書評から

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月21日
ルー・リード伝 著者:奥田 祐士 出版社:亜紀書房 ジャンル:伝記

ISBN: 9784750518022
発売⽇: 2023/07/12
サイズ: 22cm/510p 図版16p

「ルー・リード伝」 [著]アンソニー・デカーティス

 ニューヨークを象徴するロック・ミュージシャン、ルー・リードは2013年10月27日に亡くなった。まもなく没後10年を迎える。リードはジャーナリストを嫌い、まともに対応しないことも多かった。本書は生前にリードからの信頼を得たジャーナリストによる本格的な評伝だが「この本をルーが生きているうちに書いていたら、まちがいなく彼は二度とわたしに口をきいてくれなかっただろう」と語っている。だが、本書のおかげで初めてリードの生涯にまつわる詳細が明らかになった。
 リードは最初、ポップアートの旗手、アンディ・ウォーホルがプロデュースしたロック・バンドのアルバム「ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ」の歌手として1960年代に世に出た。バンドは耳を擘(つんざ)くようなサウンドもさることながら、リードの書いた歌詞によって悪評を得た。当時のポップ・ミュージックの世界では伏せられていた大都会の地下世界、つまり同性愛や麻薬、性的倒錯を暗示するものだったからだ。だが、ヒットにこそ程遠かったものの、アルバムを受け取った限られたリスナーたちは、人生を変えるほどの衝撃を受けた。70年代に英国のロック・ミュージックを一変させた若きデヴィッド・ボウイも、リードの存在から社会の規範を打ち破る勇気を得た。しかし、驚くことに、その余波は東欧の一国の命運を左右するに及んだのだ。
 89年にチェコスロバキアで起きた民主化革命は、大規模な流血の事態を回避したことからビロード(ヴェルヴェット)に例えられた。この運動を主導し、革命後に初代大統領となった劇作家のヴァーツラフ・ハヴェルも、強い影響を受けたひとりだった。当時の米国では惨憺(さんたん)たる評価だったアルバムが、チェコでは旧ソ連を背後に控える共産党の支配に屈しない反体制運動を支える精神的な主柱となる役割を果たしていたのだ。リードはチェコに渡りライブ会場で初めて知る。「ぼくがどの曲の名前を言っても、彼らは知っていた」「全員が反体制派で、全員に投獄の経験があった。なかにはぼくの曲を演奏したせいで投獄された人もいた。大勢の人が投獄中は、自分を慰め、鼓舞するために、ぼくの歌詞を暗唱したと話してくれた」のだ。
 米国では退廃の極みと非難され居場所を得られなかった地下世界の音楽が、東欧の「アンダーグラウンド」では「人々の魂を目覚めさせ」(ハヴェル)、堅牢な体制を突き崩す生地=「ヴェルヴェット」となった。音楽の秘めた力がかくも直截(ちょくせつ)に発露した事例は極めて稀(まれ)だろう。
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Anthony DeCurtis 1951年、米ニューヨーク生まれ。ローリング・ストーン誌の寄稿編集者、米ペンシルベニア大講師。グラミー賞受賞者。著書に『In Other Words』(未邦訳)など。