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「穏やかなゴースト」書評 あふれる衝動 その根源を探る

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月21日
穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って 著者:村岡 俊也 出版社:新潮社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784103552918
発売⽇: 2023/08/18
サイズ: 21cm/221p

「穏やかなゴースト」 [著]村岡俊也

 画家・中園孔二の絵には、その世界に引きずり込まれるような力がある。どこかポップであると同時に恐ろしく、その深みに〈観(み)る者を取り込んでしまう〉この感覚はどこからくるのか――。本書は瀬戸内海で命を落とした中園の25年間の生涯を、両親や恋人、友人や彼の創作活動と関わり合った人々の証言を通して描いた評伝だ。
 中園は東京芸大在籍時から圧倒的な存在感を放ち、卒業作品展で彼の絵を観たある教授は、「今年は天才がいるよ」と言ったという。後年、その感想を知った著者は中園に興味を抱く。そして、その絵を観たとき、〈腑に落ちる前に体内でずっと明滅している中園孔二の絵を、きちんと人生の一部としたい〉という思いを抱いた。著者を突き動かした執筆の動機だ。
 16歳までバスケに熱中していた中園は、突如として「絵が描きたい」と言い、自室の壁に作品を描いたそうだ。その後、約600点の作品を描いた創作の日々を読んでいると、「いま」という時代にこのような表現者がいたのか、と驚きを覚える。中園は深夜の森を一人で彷徨(さまよ)い、街の廃ビルに忍び込んで眠った。周囲がはらはらするほど常にエッジに立とうとする振る舞いは、どこまでも自由だ。
 絵を描くことへの衝動が裡(うち)側からあふれ出し、世界が押し広げられていく。著者は取材や中園の残したノート、数々の作品の変遷を読み解くことから、その瞬間を鮮やかに描き出していく。
 中園は〈絵は、自分自身の片方である〉とノートに書いたという。
 表現とはある種の人たちにとって、生きるという極めて具体的で身体的な営みなのだろう。
 様々な人々の証言によって中園の輪郭を描く著者は、彼の裡に秘められた衝動の根源を探った。そこに立ち現れる一人の若き画家の軌跡には、強く惹(ひ)きつけられずにはいられない眩(まぶ)しさがあった。
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むらおか・としや 1978年生まれ。ノンフィクションライター。共著に『熊を彫る人』『酵母パン宗像堂』など。