この対談は、文学を享受すること、そしていま世界で起こっていることについて考えることが、密接に繋(つな)がっている事実を言語化している。
博士論文でサントリー学芸賞、一昨年出版の名著『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』で紫式部文学賞を受賞した奈倉有里(なぐらゆり)氏。おなじく一昨年、独ソ戦を題材とした小説『同志少女よ、敵を撃て』でデビュー直後に大ベストセラー作家となり、数々の賞を受賞した逢坂冬馬(あいさかとうま)氏。図らずもおなじロシアに関連した作品で注目されるこのふたりは、実は姉弟であった。本書は、その姉弟の対談が実現したものである。
本書は3部構成となっている。〈「出世しなさい」がない家〉(生育環境とこれまでの二人の歩み)、〈作家という仕事〉、〈私と誰かが生きている、この世界について〉という章立てだ。
トルストイを愛する農業者であった祖父、学者の父、語学好きの母。特別な環境だと読み飛ばしてはいけない。生育環境で語られるのは、読書とはどういう行為か、書き手や読み手のジェンダーの問題、生きていくことと自分の個性との折り合いの付け方などだ。
奈倉「空想だと思われた小説が予言的な内容だったとして見直されるとき、大事なのは『予言かどうか』ではなく、社会に潜在している問題を作家がいかに感じとって盛り込んでいたのかということなんです。どこかで読んだ戦争の話が、別の戦争を描いた小説のなかでリアリティを発揮することもたくさんある」
戦争を扱う小説は、体験者しか書きえないのか。決してそんなことはない。フィクションを通して体験した読者のリアルは劣化しない。そこに「伝承可能性」があると奈倉氏は喝破する。
逢坂「独ソ戦という日本人にとってはなじみが薄いものに素材をとって、(中略)戦争の普遍的な悲惨さを伝えられるんじゃないか?(中略)この本をきっかけに、シリアとか、イランとか、ミャンマーとか、パレスチナの戦争にも目を向けてもらいたい」
作家と読者の想像力は国籍年齢性別を超えるためにある。こうした言説に首肯できるよう読者を導く構成、同時に優れた読書ガイドにもなっている。互いを「逢坂さん」「有里先生」と呼び合う、傍(はた)から見れば他人行儀にもうつる二人の対談は、次第に文学を信頼する者全員を「キョーダイ」にしてしまうほどの力がある。
日本語に関する講演をすると、必ず「日本語は素晴らしい」という感想をいただく。しかし日本語だけが素晴らしいのではない。他の言語にも素晴らしいところがあるとなぜ想像できないのか。想像力の欠如は、読書体験に由来するものなのかもしれないと実感させられる内容でもあった。=朝日新聞2023年10月21日掲載
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文芸春秋・1760円。奈倉氏は1982年生まれ、逢坂氏は85年生まれ。高橋源一郎氏からラジオ出演を依頼されたとき、姉弟と公言。高橋氏は椅子から転げ落ちそうになったという。