映画化に「腰が抜けるほど驚いた」
――大木さんの私小説『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』が映画化されました。改めて映画化が決まったときのお気持ちを教えてください。
大木亜希子(以下、大木):嬉しさのあまり腰が抜けるほど驚きました。ただ、執筆しているときからずっと映像化は願っていたことでしたし、自分の頭の中で誰か素敵な俳優さんが演じてくれるといいなと思っていました。安希子役として深川(麻衣)さん、ササポン役として井浦(新)さんにご出演いただけると決まったときは、 自分の辛かった過去が成仏していくような気持ちでしたね。
映画を見た感想としては、アラサー女性の迷える悩みがしっかりと描かれており、くすっと笑えるシーンもあります。特に私が好きだったのは、「一記事千円くん」という、ライターを安く買いたたく編集者から安いギャラで仕事依頼の電話が来た時に、深川さんがシニカルなのにチャーミングな表情で軽く受け流すシーンです。ちなみに、実際にそのような編集者がいました。
――深川さんは最初に出演のオファーをいただいたときはどんな気持ちでしたか? また、原作を読んでどう感じましたか?
深川麻衣(以下、深川):すごく嬉しかったですね。原作は夢中になってあっという間に読んでしまったのですが、まずはこれが実話だということにとても驚きました。アラサー女性の等身大を描く作品って、いくつかあると思うんですけど、この作品は綺麗事でなく、実話だからこその複雑なところがしっかり描かれていて、共感できるんです。
例えば、映画にはないシーンなんですけど「死にたくなったけど、鏡を見て見ぬふりをしてでかける」という描写。表では全然平気に見えても、重いものを抱えている人ってたくさんいると思うんです。みんな、家で起きたことや嫌なことを隠して仕事していたり、学校に来たりしている。そのリアルさにグッときました。
大木:初めてここで深川さんのご感想をお聞きできて、今、泣きそうです。
元アイドルだからとキラキラとした人生を送っているように見られているかもしれないし、逆にキラキラに見られたいという見栄や虚栄心も少なからず抱えていた 中で、人生に詰んでいた当時は、本当に「死にたい」と言ったりとか、鏡に映る太った自分を見て見ぬふりしたりとか、お菓子やカマンベールチーズで空腹をごまかしたりとか、自分を大切にできていませんでした 。でも人に会うときはちゃんとしなくてはいけない。自分が一番描きたかったことを、深川さんが汲み取ってくださったことに感激しました。
「元アイドル」共通の経験
――ゆっくりお話されるのは今日が初めてだそうですね。何かお互いに共感すること、リンクするところはありますか?
深川:このお話をいただいた理由の一つでもあるのかなと思いますが、「元アイドル」という境遇がまずリンクしていますよね。アイドルとして大人数で活動していると、どうしても他人と比較されるし、自分自身も比べるしという苦しさがあったので、全く一緒ではないにしても、経験してきたことや感じてきたことの共通点は多くある気がします。
大木:そうですね。アイドルグループを卒業してから、深川さんは女優として、私は作家として歩み始めて。自らの意思で大きな安心できる組織を抜けて、新たな世界に飛び込んでいく、その恐怖や不安は、おそらく深川さんも経験されていることでしょうし、私自身、大きな賭けであり、挑戦だったと今も思います。
深川:私は勝手に原作の中の安希子に猪突猛進のイメージを持っていたので、正直ドキドキしながらお会いしたんですが、実際の大木さんは物腰柔らかく、透明感のある方で。そのギャップに驚きましたね。
大木:嬉しいです。その言葉だけで今日はよく眠れる気がします(笑)。今年1月、この映画の撮影現場を見学させてもらった時から感じていたことですが、深川さんは洞察力や直観力がすごく高い方だと思います。私は猪突猛進するタイプで、自分の考えに突き進んでしまうんですけど、深川さんは俳優として、客観的かつ冷静に広く安希子というキャラをとらえてくださったからこそ、安希子のずるい部分も意地悪な部分も、繊細な部分も優しい部分も見事に表現してくださったのではないかなと思います。
リアルタイムで作った芝居
――映画は安希子とササポンの会話を中心に展開します。会話の中で、感情の揺れ動きや主人公の成長ぶりを描き出さなくてはいけないわけですが、演じる上で工夫したことは?
深川:安希子が詰んでいたどん底期から、ササポンに出会って、徐々に心がほぐれていく様を、どう緩急をつけようかなということは考えていましたね。特に最初のクリニックから始まるシーンでは、話すスピードを早めて切羽詰まった心情を表現するときに、あまり重くなりすぎてもいけないし、かといってポップでコメディーになりすぎてもいけないし。その塩梅を監督とともに探りました。
それからササポンとの空気感は、現場に入ってみてから生まれたものが多くて! 本を読んでいるだけでは想像し得なかった、会話の間とか、話すスピードとか、空気感があって、実際に井浦さんのお芝居を受けて、思うテンポで相手から返ってこないから、焦ってしまったり、もどかしさを感じたり。リアルタイムでみんなでお芝居を作っていった印象があります。
大木:そうだったんですね。まさに阿吽の呼吸がしっかり伝わりました。特にリビングで、スイカを食べながら安希子がササポンにアラサー女子の心の叫びを吐露するシーンは印象的でした。まるでアドリブのように思えるほど二人の会話のリズムが心地良かったです。それにササポンの優しい言葉の一つひとつに、深川さんの表情がコロコロ変わって、表情の玉手箱みたいで! あれは監督との綿密な打ち合わせがあったのか、現場での即興なのか、聞きたかったんです。
深川:スイカのシーンに関しては、そこまで「ここでこういう言い方」とは決めていませんでした。何回かいろいろな角度から撮ってはいるんですけど、結構長いワンシーンで、監督もその空気の流れを大事にしてくださったのだと思います。
――原作でも映画でも感じましたが、やはりササポンの存在は優しくて、大きくて、不思議です。
深川:他にない間柄ですよね。家族でもないし、恋人や友達という距離感でもない。かろうじて言えば、親戚が近いのかな。
ササポンは安希子を面白いなと思って見てくれてるかもしれないけど、強い興味は持ってなくて。ただただ話を聞いてくれる。だからこそ安希子も言えたこと、相談できたこともいっぱいあると思うんです。ササポンの包容力に劇中で安希子はたくさん救われているので、なんと言うか、特別な存在ですね。お会いしてみたいですね。
大木:ササポンに映画化することを伝えたとき、彼は彼らしく、淡々とクールに「あ、そうですか。お疲れ様です」で終わりでした(笑)。改めて映画が完成したときに試写を見てもらったのですが、「いかがでしたか」とメールしたところ「原作の魅力がたっぷり詰まっててすごくいいと思います」と肯定的な感想が来たので嬉しかったです。
小さな孤独が救われれば
――改めて本作をどんな方に見てほしいですか。
深川:友情、恋愛、結婚と、人生において転換期となることにちょうどぶつかっている一人の女性が、ササポンという一人の人と出会ったことで、どう心が変化して、どう成長していくのか。ぜひ見ていただきたいなと思います。言葉にできない感情がたくさん詰まった映画だと思うので、見終わった後、皆さんがどう感じるのかすごく気になります。 劇中で出てくるササポンの言葉を、皆さんがふとした瞬間に思い出して、心を軽くできる瞬間があったらすごく嬉しいなと思います。
大木:原作のエッセイをWEBメディアで出したときに「人生に詰んだ元アイドルが、赤の他人のおっさんと住んでいるなんて」と、好奇の目を向けられることも多々ありました。でも、私がこの作品で伝えたかったことは、アラサー女性が抱える独特の焦燥感だったり、生き辛さだったり、多くの方が一度は感じたことがある普遍的なテーマでした。
自分の人生を物語に落とし込むことで、少しでも誰かの小さな孤独が救われているといいなと思っています。老若男女、年齢、性別に関わらず「なんか孤独だな」と感じている人が癒されれば、この作品において、もう自分の役割は終わったなと思っています。
――ところで「好書好日」は本のサイトなのですが、お二人は普段どんな本を読んでいるのか、最後に教えてください。
大木:私は最近、ノンフィクションにハマっています。最近読んで一番感銘を受けたのは、『鴨居羊子の世界 ミス・ペテンの下着革命』(近代ナリコ責任編集/河出書房新社)。昭和30年代に女性の下着革命を起こした、ファッションデザイナーの鴨居羊子さんの魅力に迫った本です。「女性はこうあるべき」という考えが強かった時代でも、その生きづらさを一気に打破するような、セクシーでセンセーショナルな下着を作る彼女のスタイルがかっこいいなと思いました。とても面白く、今の時代に通じる部分も多く、おすすめです。
深川:そんなにたくさんは読めていないんですけど、ジャンルで言えば、ミステリーが好き。中でも、最後にガラッと変わるどんでん返しの展開が好みですね。ネットで検索して探したり、本好きな方に聞いたりします。私のマネージャーさんが本が大好きなのでおススメを借りたこともありました。面白いミステリーがあったらぜひ教えてほしいです!
【好書好日の記事から】