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「風景をつくるごはん」書評 自分のくらしがまわりまわって

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2023年11月11日
風景をつくるごはん 都市と農村の真に幸せな関係とは 著者:真田 純子 出版社:農山漁村文化協会 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784540231247
発売⽇: 2023/10/10
サイズ: 20cm/284p

「風景をつくるごはん」 [著]真田純子

 実りの秋に、棚田を訪ねた。構えたカメラのフレームからビニールハウスを無意識にはずし、ソーラーパネルの斜面には、ため息のひとつもついた気がする。
 見たいようにだけ見る、都会のエゴだった。そのハウスで育った真冬のイチゴをほおばるのは、自分かもしれないのに。
 丸ごと全部その農村の姿なのだと、いまはわかる。
 著者はよりよい風景をつくる学問、景観工学の専門家だ。16年前、職を得た徳島で中山間地域を眺めた。正直、あまり美しくない。けれど食べものを日々生産するのに必要な場だ。「農村風景をどう捉えたらよいか」という問いを持つ。その答え探しが本書である。
 都市の物差しが当てはまらず悩む。営みを知ろうと立ち止まる。耕作放棄地を減らしたくて、野菜は産直市だけで買うと決める。「自分のごはんがまわりまわって田舎の風景をつくっている」というやさしい言葉が、深い説得力を持つ。
 環境保全型の農業に転換したEUを見つつ、著者が物事の基準にするのは農村の環境にプラスかどうか。
 たとえば地域振興を掲げた六次産業化で、稼ぐことが目的になると、産品を都会の好みに合わせ、販路の拡大に多く予算を使い、生産量を増やすのに地域の環境が犠牲になりかねない。
 いかに農業政策が大切か、過去を検証していく。農業の憲法とされる1961年の農業基本法制定時、「産業の一部門として」農業を扱う方針転換がされていた。著者は「農業の持つ文化的価値、環境的価値、農村社会をつくる価値を捨て」たと強い言葉で記す。耕作放棄地を作ったのは農家ではなく、社会のシステムなのである。いま、変わるべきはどちらか。
 視点の豊かさを鳥の目・虫の目というが、著者の仕事には「お天道さまの目」と「石の目」を感じる。正直に生きる人がそのままでいられる、土地の歴史が動かずにある、そんな風景が見えているのだと思う。
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さなだ・じゅんこ 1974年生まれ。東京工業大環境・社会理工学院教授。「石積み学校」代表理事。