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東浩紀「訂正する力」 過渡期の時代進める起爆剤

 東浩紀は卓越した哲学者であり、小説家であり、そして経営者でもある多才な人だ。東大で哲学の博士号を得たのち、若くして東工大や早稲田の教授を歴任するも、まるでデリダのように閉塞(へいそく)的な現在の大学のあり方に失望して大学を辞し、出版社を起業。その後、カフェや動画配信サービス事業を手掛け、多くの社員を抱えている。

 東の本領は、すでに50代ながら若者顔負けの情熱で、白ワインを片手に深夜、何時間でも白熱した議論を繰り広げられる熱量と好奇心のもと、深い哲学の知識と広い視野から現代社会の先行きを見通し、時代を前に進めるコンセプトを創出し、発信する力にある。動物化、観光地と観光客、ビッグデータ的統治(≒「一般意志2・0」)と現代社会分析に息長く通じる概念を一足も二足も先に提起してきた。

 一見平易な本書だが、片方で丸山眞男の古層論や山本七平の空気論といった論壇の古典を踏まえ、またもう片方で東の専門でもあるルソーを参照しながら「訂正する力」の重要性を説く。新しい古典や教養のガイドマップにもなるだろう。

 ところで筆者の認識では、本書の見立てとは異なり現代日本社会はかつてないほど様々な訂正が可能になりつつある。例えば性同一性障害特例法後、1万人以上が戸籍上の性別を変更し、最高裁が特例法の生殖不能要件の違憲性を認め、法も今後改正される見込みである。

 したがって本書で散見される現代日本社会が硬直的だから訂正する力が必要だという分析には必ずしも同意できないのだが、その硬直的/可塑(かそ)的な現代社会の諸特徴を「訂正」というコンセプトで分析できるという本書の指摘は管見の限り類例が乏しい。訂正を肯定する本書は訂正は可能になりつつあるものの果たして訂正すべきか悩む多くの読者の背中を押すとともに、そんな過渡期の時代を前に進める起爆剤となるだろう。その意味でも本書はいま読むべき価値がある一冊だ。=朝日新聞2023年11月18日掲載

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 朝日新書・935円=5刷3万8千部。10月刊。担当者によると「ふだん哲学書に手を伸ばさない読者からの反響も多い」という。