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「ヒトは生成AIとセックスできるか」書評 問いを積み上げ「当たり前」解体

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2023年11月25日
ヒトは生成AIとセックスできるか 人工知能とロボットの性愛未来学 著者:ケイト・デヴリン 出版社:新潮社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784105073619
発売⽇: 2023/09/19
サイズ: 20cm/316p

「ヒトは生成AIとセックスできるか」 [著]ケイト・デヴリン

 セックスとロボットという二つの単語を合わせると、多くの人は拒否反応を見せる、と著者はいう。私の友人も本書を一瞥(いちべつ)するなり「気持ち悪い!」と吐き捨てた。
 ただ、邦訳表題から想像される内容を(おそらくいい意味で)本書が裏切ることは強調しておきたい。
 まずあなたは、おもちゃ(トイ)と人形(ドール)とロボットの違いを厳密に解説できるだろうか。この三つの頭全てに「セックス」が付くという前置きは必要であるものの、本書ではこれら三つの違いが、ギリシャ神話から最新のセックスドールまで縦横無尽に網羅されながら解説される。読み進めると、人間とAIのセックスを含めた親密性を考える上で、この抽象的問いが意外と本質にあることがわかる。
 さらに注目すべきは、人間が何かを作る際に無意識的に置いてしまう前提への言及である。例えば、セックスドールやロボットのほとんどは、過度にセクシーで従順な女性を模している。なぜか?
 「セックス」と言われれば、大半がペニスの挿入を考えるはず。でもそもそもそれは必須なのか?
 このような問いを積み上げると、セックスに関わるテクノロジーが異性愛男性の欲望に極端に寄った形で作られていることが露(あら)わになる(邦訳カバーはなぜピンクかは私の問い)。
 著者はその当たり前を次々解体し、セックスを「興奮の感覚をともない、なおかつ互いの同意のもとで交わされる行為」と定義する。そうすると、セックスロボットは人間を模す必要はないという発想が現れ、おもちゃとロボットの境界が融解し始める。
 著者はコンピューターサイエンスの博士号を持つ、ロンドン大学デジタル人文学部の教員である。未来を考える際、自然科学と人文学の両輪がなぜ必要かを語らずとも示す稀書(きしょ)の登場だ。訳者の池田尽氏にも賛辞を送りたい。
    ◇
Kate Devlin ロンドン大准教授。専門はコンピューターとヒトのインタラクションや人工知能。