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「賃金の日本史」書評 デジタル化と数量経済史の迫力

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年12月02日
賃金の日本史 仕事と暮らしの一五〇〇年 (歴史文化ライブラリー) 著者:高島 正憲 出版社:吉川弘文館 ジャンル:経済

ISBN: 9784642059756
発売⽇: 2023/08/21
サイズ: 19cm/309p

「賃金の日本史」 [著]高島正憲

 奈良時代の役人の給料はいくらだったのだろうか?
 ふつうに生活していれば関心をもつはずもないこの話題、実はなかなか面白い。
 もともと、古代や中世の歴史資料は資料館の奥に眠り、その貴重さゆえに取り扱いは専門家のみに許されていた。翻刻されていなければ、一般人は眺めることすら難しかった。ところが、遅れていると揶揄(やゆ)されてきた日本の人文学も今は昔、国立歴史民俗博物館(れきはく)などは所蔵資料をデジタル化し、少なからずの資料を公開している。
 こうした資料を駆使すれば、オフィスにいながら奈良時代の役人の給料を調べられるし、本書のように、「人々はいくらもらっていたのか」を細かく集めて日本の1500年に及ぶ歴史を大胆に眺望できる。歴史学は時代の専門の壁が高く、ひとりで通史を書くことが難しかったが、デジタル化の威力は着実にその垣根を低くした。本書はその果実のひとつだ。
 また、貨幣がいまほど流通していない時代も含まれているので、分量の3分の1くらいは貨幣史(つまりは物価史)で、本書では人々がどんなものをいくらで買っていたのかという生活史も垣間見える。本書をめくりながら「データベースれきはく」をクリックしてみると、自分でも意外な発見ができるかもしれない。
 ただし、本書は豆知識のパッチワークではなく、その芯には歴(れっき)とした数量経済史の方法が通っている。数百年におよぶ実質賃金の推移が一本の系列にまとめられると、歴史を語ってやろうという迫力が満ちあふれているのがわかる。
 ところが、著者はこの表を大胆に解釈して経済発展のザ・ストーリーを描こうとはしない。現代日本に対する示唆もみせない。ストーリーありきのわかりやすい歴史解釈が巷(ちまた)にあふれる現状に、何かいいたげである。歴史書の伝統ある出版社と中堅研究者がタッグを組んだこの選書の試みを、読者はどう考えるだろうか。
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たかしま・まさのり 1974年生まれ。経済学者、関西学院大准教授。著書に『経済成長の日本史』など。