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「キツネを飼いならす」書評 従順で外見もキュート でも……

評者: 小宮山亮磨 / 朝⽇新聞掲載:2023年12月09日
キツネを飼いならす 知られざる生物学者と驚くべき家畜化実験の物語 著者:高里ひろ 出版社:青土社 ジャンル:動物学

ISBN: 9784791775927
発売⽇: 2023/11/27
サイズ: 19cm/235p 図版12p

「キツネを飼いならす」 [著]リー・アラン・ダガトキン、リュドミラ・トルート

 あの演歌ではないけれど、「何でこんなにかわいいのかよ」と聞きたくなるほどの強烈な魅力が、犬猫などのペット動物にはある。この問いに一つの答えを出した科学者たちが、冷戦時代の旧ソ連にいた。彼らはキツネを飼いならし、オオカミからイヌへの進化を再現した。本書はその大がかりな実験の記録だ。
 キツネは本来、人になつかない。実験でも、初めは飼育員に牙をむいて飛びかかる個体が大半だった。ただ、中には従順で穏やかなやつもいる。選別して交配を繰り返すと、わずか数世代で変化が出てきた。
 人の手をなめて甘えたり、おなかを見せたり、しっぽを振ったりと、明らかにイヌっぽい行動が増えてきたのだ。彼らはおとなになっても、子ギツネのように遊び好きだった。
 血液を調べるとストレスホルモンが少なく、「幸せホルモン」とも言われるセロトニンが多かった。能天気な性格らしい。
 見た目までイヌに似てきた。鼻が短く、顔つきが丸くなり、耳が垂れた個体も現れた。やはり子ギツネにみられる特徴だ。
 科学者たちはキツネのキュートさにめろめろになりながらも、こう推理した。
 人なつこいとは、好奇心が強くて警戒心が薄い、要するに行動が幼いことだ。それをもたらしたホルモンの変化は、外見にも影響した。選別と交配を続けるうち、中身と見た目がともに幼くなり、かわいくなっていったのではないか。
 彼らはさらに考えた。人間もけんかっ早くなくてノンキなほうが、社会生活に向いている。そうなるように自分で自分を「家畜」にしたサル、それがヒトかもしれないというのだ。
 そう聞くと、たとえ会社で上司にかわいがられても、素直に喜ぶ気持ちがなえてくる。薄々わかっちゃいたけれど、自分は幼稚な「狗(いぬ)」なのか。
 キツネに目尻を下げながら読んでいたのに、だんだん怖くなってきた。
    ◇
Lee Alan Dugatkin 米ルイビル大教授。Ludmila Trut シベリアのノボシビルスクの細胞遺伝学研究所の進化遺伝学教授。