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ホラーブームはいよいよ大きく 2023年ホラーワールド回顧

「カクヨム」発の作家が躍進

 2023年のホラー小説を象徴する一作といえば、間違いなく背筋『近畿地方のある場所について』だろう。今年1月にネットでの連載がスタート、8月に書籍版が刊行された同作は、ふだんホラーをあまり読まない層をも巻き込んで一大ブームを巻き起こした。モキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)という手法の強みもあるが、奇妙なエピソードを積み重ね、恐怖感を醸成していく手腕が素晴らしい。名フレーズ「かきもありますよ」に代表される言語センスや、実話怪談の手練手管を知り尽くした描写は、怪奇小説好きも唸らせるものがあった。

 ホラー作家の登竜門である横溝正史ミステリ&ホラー大賞は、北沢陶『をんごく』(KADOKAWA)という大賞受賞作を得た。大正期の大阪・船場を舞台に、早世した妻との再会を望みながらも、その影に怯える画家を主人公とした長編である。正調ゴーストストーリーであると同時に、旧家の謎に迫るミステリでもあり、人間と長寿を誇るもののけとのバディものでもあるという贅沢なエンタメだが、愛する人との死別というテーマは一貫している。時代の色や香りまで再現するような、艶やかな筆致に魅了された。

 『近畿地方のある場所について』は小説投稿サイト「カクヨム」に掲載され、『をんごく』は横溝正史ミステリ&ホラー大賞の大賞・読者賞とともにカクヨム賞を受賞している。ホラー小説のメディアとして注目される「カクヨム」だが、今年はさらに存在感を増した印象だ。カクヨム発の作家の一人である木古おうみの『領怪神犯』『領怪神犯2』(ともに角川文庫)は、日本各地に潜む異形の神々と共同体との関わりを、それを調査する組織職員の視点から描く連作。壮大なスケールの設定と、1話完結型の面白さが見事に共存しており目が離せない。

 木古らが輩出したカクヨムのコンテストからは、少女の無垢な思いが怪異を引き起こす尾八原ジュージ『みんなこわい話が大すき』(KADOKAWA)、感情のないアンドロイドの視点で心霊調査ものに挑んだ饗庭淵『対怪異アンドロイド開発研究室』(KADOKAWA)、異界に魅入られたヒロインと主人公との関係を描いた和田正雪の青春ホラー『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』(KADOKAWA)なども生まれている。またライトノベル作家・東亮太による斬新な妖怪×怪談小説『夜行奇談』(KADOKAWA)も、カクヨム掲載作を書籍化したもの。こうした動きはまだしばらく続きそうだ。

建物ホラーに、乱歩風の幻想小説……必読作が目白押し

 ホラー小説のニューウェイブを代表する芦花公園は、今年もキリスト教的世界観を背景にした独自の“嫌な”ホラーで存在感を示した。とりわけ『パライソのどん底』(幻冬舎)は、呪われた故郷への帰還という普遍的なテーマに生物学的な悪夢を絡めた力作で、耽美小説としても読み応えがある。同じく新鋭・新名智は『きみはサイコロを振らない』(KADOKAWA)で遊ぶと死ぬゲームの呪いを取り上げた。怪異を前にロジックと詩情がきらめく、哀切なホラーミステリである。

 建物を扱ったホラーは変わらず高い人気を誇った。織守きょうや『彼女はそこにいる』(KADOKAWA)は、とある一軒家の秘密を異なる3つの視点から描いた連作で、ミステリとホラー、どちらに転ぶか分からない展開に引き込まれる。ど派手な超常現象が次々と描かれる大島清昭『最恐の幽霊屋敷』(KADOKAWA)、手代木正太郎『涜神館殺人事件』(星海社)と並んで、今年の幽霊屋敷もののベスト3だろう。

 日本探偵小説の祖・江戸川乱歩がデビュー100周年を迎えた今年は、偶然にも乱歩の影響を色濃く感じさせるような作品が相次いだ。小田雅久仁『禍』(新潮社)は、とてつもない妄想力と筆力に圧倒される幻想短編集。本を食べることで意識を異界に遊ばせる「食書」をはじめとして、タブーの向こうを覗き込むような作風に惹かれる。昨年モキュメンタリーホラー『かわいそ笑』で注目された梨は、6つの短編がとあるシステムで繋がる連作集『6』(玄光社)を発表。各話のクオリティの高さに驚かされるが、とりわけデパートの屋上を描いた「ROOFy」は、まさに乱歩的な白日夢の世界だ。斜線堂有紀の『本の背骨が最後に残る』は、異形の美意識に貫かれた短編集。本が生きたまま焼かされる表題作など、ゴシックな想像力が炸裂する。

 その他にも必読作は多い。澤村伊智『一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集』(宝島社)は切れ味鋭いショートショート怪談集で、往年の名手・都筑道夫の衣鉢を継ぐような試み。貴志祐介は昨年の『秋雨物語』に続いて『梅雨物語』(いずれもKADOKAWA)を発表。俳句の謎をめぐる「皐月闇」など、著者らしい骨太な論理に貫かれたホラー3編を収録する。三津田信三は民俗系ホラーの新シリーズ『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』(KADOKAWA)を発表するかたわら、菊地秀行・加門七海らが参加する書き下ろしホラーアンソロジー『七人怪談』(KADOKAWA)の編者としても活躍した。ミステリ作家・知念実希人が初の本格ホラー『ヨモツイクサ』(双葉社)を上梓したのも嬉しい驚き。北海道の大森林を舞台にサスペンスフルな物語が展開する、モダンホラーファン感涙の一作である。

 ホラージャンル外では川野芽生『奇病庭園』(文藝春秋)と高原英理『祝福』(河出書房新社)が強く記憶に残った。前者はさまざまな異形を描くことで正常とは何かを問い直し、後者は言葉のもつ呪力によって至高の世界を垣間見させる。どちらも幻想文学でしかなしえない試みである。幻想文学の先覚者・山尾悠子の初期作品『仮面物語 或は鏡の王国の記』(国書刊行会)が装い新たに甦ったのも嬉しいニュースだった。

中国、アルゼンチン、スウェーデン……世界のホラーが翻訳

 海外作品に目を転じると、各国のホラーが読めた一年という印象。特に中国のベストセラー作家・蔡駿は華文ミステリ人気を受けてか、『幽霊ホテルからの手紙』(文藝春秋)と『忘却の河』(竹書房文庫)の2冊が相次いで刊行された。どちらも油断のならない仕掛けをもった長編で、さらなる翻訳が待たれる。アルゼンチンのホラープリンセスことマリアーナ・エンリケス『寝煙草の危険』(国書刊行会)は、貧困や政治不安といった現実に、一層ダークな想像力で奇襲を掛けるかのようなホラー短編集。マネル・ロウレイロ『生贄の門』(新潮文庫)は、巨石建造物のそばで女性の死体が発見されたことから、ある集落の秘密が明らかになるスペインのベストセラー。スウェーデンからは大型クルーズ船内での惨劇を描くマッツ・ストランベリ『ブラッド・クルーズ』(ハヤカワ文庫NV)が紹介されている。

 ホラーの帝王スティーヴン・キングの『異能機関』(文藝春秋)は、初期の傑作に回帰するかのような超自然スリラー。不思議な力を備えた子供たちが、残酷な運命に立ち向かっていく。その他にも、アメリカの人種差別問題に“ラヴクラフト風”ホラーで切り込んだマット・ラフ『ラヴクラフト・カントリー』(創元推理文庫)、次々とくり出される奇想に胸躍ったジェフリー・フォード『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(東京創元社)、ホラーの鬼才にオマージュを捧げたエレン・ダトロウ編のアンソロジー『穏やかな死者たち シャーリイ・ジャクスン・トリビュート』(創元推理文庫)なども忘れがたい。

『幽霊綺譚 ドイツ・ロマン派幻想短篇集』(国書刊行会)、アン・ラドクリフ『森のロマンス』(作品社)など、ホラー小説史の空白を埋めるような古典作品の初訳。それにしても長すぎて翻訳不可能と囁かれていたジェームズ・マルコム・ライマー/トマス・ペケット・プレストの『吸血鬼ヴァーニー 或いは血の饗宴』(国書刊行会)まで邦訳が始まったのには驚いた。ぜひ完走してほしいものである。

【朝宮運河の2023年ベストテン】

  • 背筋『近畿地方のある場所について』
  • 北沢陶『をんごく』
  • 木古おうみ『領怪神犯』
  • 小田雅久仁『禍』
  • 梨『6』
  • 斜線堂有紀『本の背骨が最後に残る』
  • 川野芽生『奇病庭園』
  • 高原英理『祝福』
  • マリアーナ・エンリケス『寝煙草の危険』
  • ジェフリー・フォード『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』