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北沢陶さんが一目惚れした「カウボーイビバップ」の魅力

©GettyImages

 10代のころ、私は「一目惚れ」をすることが多かった。といっても人間相手ではなく、本やマンガが対象だ。本屋をうろついて「これは」と思うものがあると、内容をまったく知らなくても買っていた。

 そして映像作品で「一目惚れ」をしたのは「カウボーイビバップ」が初めてだった。

 当時私はアニメもよくチェックしていて、気に入った作品は毎回ビデオテープに録画していた。テレビの前にはりつき、CMは手動で抜かすという凝りようだったが、「カウボーイビバップ」に関しては、観る前は正直あまり期待していなかった。アニメ雑誌に載っていた前情報から、自分の好きなジャンルではないな……と思いながらも、一応ビデオテープをセットし、「もし気に入ったら録画するか」というくらいの気持ちで放映を待っていた。

 けれども菅野よう子の作曲したオープニングテーマ「Tank!」の、鮮烈かつ洗練された導入を聞き、タイトルがスタイリッシュに画面上を飛び交う映像を見たとたん、私は即座に録画ボタンを押した。

「一目惚れ」をした瞬間だった。

 もちろん惚れたのはオープニングだけではない。賞金稼ぎとして太陽系を飛び回るビバップ号の乗組員たち――普段は斜に構えているものの己の信念に忠実なスパイク、強面な外見だが他のメンバーに振り回されがちなジェット、過去の記憶を失った奔放な女性フェイ、幼いながらも腕利きのハッカーであるエド、天才犬アイン――を巡るドラマを描いたSFアニメなのだが、まず台詞回しが粋でひねりがきいている。例えば夢のお告げに従ってカジノに来たジェットとスパイクはエレベーター内でこういった会話を交わす。

 ジェット「チャーリーは言った。手は手でなければ洗えない。得ようと思ったらまず与えよってな。ってことはどういうことだ、チャーリーはやれって言ってるんじゃねぇのか? へっ、そうだろう?」

 スパイク「チャーリー・パーカーがゲーテの格言吐くかね?」

 ジェット「いいだろ? 夢の話なんだから」

 スパイク「虎の子の5000ウーロンも夢と消えるのがオチだな」

 こういった軽妙なやり取りが随所にちりばめられ、作品を彩る。アニメの台詞が物語を動かすだけではなく、作品の味となり魅力となるというのは、私にとってとてつもない衝撃だった。

 上記の引用に出てくる「チャーリー・パーカー」という名前からも読み取れるように、BGMにはジャズが多用されている。当時の私は、オープニングや日常シーンはもちろん、戦闘シーンにもジャズがかかるようなアニメは観たことがなかった。それまで知っていたアニメに出てくる大人のキャラクターは、ほとんどが子どもの主人公の「親」「保護者・指導者」や「敵」であり、大人自身がときにユーモラスに、ときにシビアな現実に直面しながら生き抜く姿をアニメで目にしたことがなかった。

 そのころの私は「アニメは子どもが観るもので、大人向けのアニメは特殊」だと思っており、大人向けと子ども向けの作品の境界は現在よりずっと乗り越えにくかった。作風からして、スタッフは大人に向けて作ったのかもしれないと今は思う。しかし、この作品は10代だった私にも分かる内容でありながら、同時に「大人の世界」を垣間見させるものだった。他に誰もいないリビングでひとり、賞金稼ぎたちのドラマを堪能する毎週の30分は、私にとって間違いなく特別な時間だったのだ。

 今改めて鑑賞すると、ストーリー構成や作画の巧みさなど新たな発見がある上に、当時感じたカッコよさはいささかも色褪せていない。オープニング映像を観るたび、最後の「1998」というクレジットの年号に「嘘だろ……」と思っている。