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「フット・ワーク」書評 夢を売る巨大産業が抱える矛盾

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2024年01月06日
フット・ワーク 靴が教えるグローバリゼーションの真実 著者:タンジー・E.ホスキンズ 出版社:作品社 ジャンル:経済

ISBN: 9784867930021
発売⽇: 2023/11/22
サイズ: 19cm/372p

「フット・ワーク」 [著]タンジー・E・ホスキンズ

 読み終えて靴棚に直行、昨日履いたスニーカーのひもをゆるめてベロをめくりあげる。小さな字に目をこらすと、そう、インドネシア製だ。パーツのひとつひとつが急に目に入る。
 「靴がそれ自身の由来について、どんな物語を語ってくれるのか」。私たちが靴に問うべきだという著者の言葉を思い出す。楽しい話ばかりではないだろう。でも、考えないままより、ずっといい。
 取材は28カ国、現場を歩き、NGOや研究者からファクトを集め、ときに歴史をさかのぼる。なめし革になる牛のこと、捨てた靴とゴミのこと。著者は、靴をめぐるすべてを地球儀に書き込む勢いで、先を急ぐ。
 世界の靴生産は年200億足以上、衣類ほど語られないが、多国籍企業が競う巨大産業だ。ティーンを夢中にする限定スニーカーを組み立てる人が、その持ち主になる可能性はとても低い。企業がデザインとブランディングで夢を売り、工場経営をするのは、よりコストの安い土地の下請けという構図。そこまでは想像していたが、本書は、その奥の矛盾に満ちた現実に分け入っていく。
 家にしばられ、過酷な労働を強いられてきた女性たちが、外に出て工場労働者になる喜びは一瞬。低賃金で暮らしは立ちゆかず、借金のために雇用主に依存する。工場のさらに下請けを担う在宅労働者は、企業に求められるようになった情報公開の対象に入ってこない。グローバル化したのは「破壊と貧困であって、豊かさではない」とブラジルの環境団体の女性は語る。
 著者の問題意識は社会の「構造」に向いている。労働運動にも触れながら、課題の解決を探る後半、政治やシステムの変化を唱え、個人に「よりよい」買い物という選択を求めないことに、共感を持った。結局は、持てる人への消費のすすめになるからだ。
 では何ができるか。巻末のガイドは「自分から学んで」という言葉で始まる。
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Tansy E. Hoskins ロンドンを拠点に活動する作家、ジャーナリスト。テレビドキュメンタリーの製作も。