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紫式部どんな人? 大河ドラマ「光る君へ」の時代へ誘うブックガイド 木村朗子さん寄稿

大河ドラマ「光る君へ」は毎週日曜放送=NHK提供

 今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」は紫式部が主人公。言わずと知れた「源氏物語」の作者である。大河ドラマというと前年の「どうする家康」やそのまた前年の「鎌倉殿の13人」などのように武家の合戦を描くのが定番。くり返しドラマ化されたことでなじみもある。ところが紫式部が生きたのは平安時代。貴族たちが親族内でまさに骨肉の争いをくり広げていたとはいえ、いったい何があったのかはあまり知られていない。

 というわけで目下のところ、大河ドラマのガイドとなりそうな出版が目白押しである。紫式部は、夫を亡くしてシングルマザーとして一条天皇の后(きさき)彰子に学問を教えるなどしながら「源氏物語」を完成させた。『平安貴族サバイバル』(笠間書院)にも書いたところだが、高い学力と教養をもとでに宮中で女性たちが生き生きと暮らす宮廷社会は、女性の活躍が求められ、受験勉強で上昇しようとする現代社会にどこか似ているのである。貴族の話とはいえ共感を呼ぶに違いない人間ドラマを存分に楽しむために最適な本をいくつか紹介しよう。

 まずは倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社現代新書)。「光る君へ」の時代考証を担当している歴史家の解説で概況をみわたすことができる。ただし紫式部については本名はおろか生没年もわかっていない。紫式部というのは宮中に仕えたときの女房名、いわばあだ名のようなものである。平安時代には物語の作者がわかっていること自体も珍しいことだった。「源氏物語」の作者だとわかるのは、他に「紫式部日記」が残されているからだ。とすれば「紫式部日記」に何が書かれているのかをおさえておきたい。作家古川日出男の『紫式部本人による現代語訳「紫式部日記」』(新潮社)が出ている。「紫式部本人による現代語訳」というのは、古川日出男の小説の主人公として登場する紫式部が訳したということ。現代に生きる主人公だから、いまのことばで書かれていてわかりやすい。

 わからないことばかりの紫式部の人生も小説仕立てであれば自在に描くことができる。これまでにも小説家たちは紫式部を描いてきた。この機に長く絶版状態だった作品が文庫で再刊されている。三枝和子『小説紫式部』(河出文庫)の紫式部像は抑制がきいていてイメージどおり。それに対して杉本苑子『散華――紫式部の生涯』(中公文庫)は踏み込んだ創作で、清少納言に子ども時代に接したエピソードがあったり、和泉式部とは幼馴染(おさななじ)みだったりする設定がおもしろい。この小説では「源氏物語」は「枕草子」や「和泉式部日記」に触発されて書かれたことになっている。小説は大胆な脚色こそが読みどころだ。大河ドラマの楽しさはむしろ小説作品に現れているだろう。

 清少納言の「枕草子」には、ちょうど紫式部が宮中にいたころの男性官人たちが出てくるので見逃せない。池澤夏樹=個人編集の日本文学全集には酒井順子による現代語訳がある。この全集は現在次々と文庫化されているので注目したい。角田光代による最新の「源氏物語」の現代語訳も刊行中だ。「源氏物語」を漫画で読んだという人もいるだろう。太陽の地図帖(ちずちょう)シリーズから出ている『大和和紀『あさきゆめみし』と源氏物語の世界』(平凡社)では作者インタビューと源氏研究者の解説が読める。

 道長の父親の兼家については「蜻蛉日記」でおさえたい。作家、室生犀星による現代語訳が岩波現代文庫で再刊されている。この「蜻蛉日記」の存在こそが「源氏物語」を生みだした。このあたりについては自著『紫式部と男たち』(文春新書)を参照してほしい。

 これを機に「源氏物語」を読んでみようという人には渡辺祐真編『みんなで読む源氏物語』(ハヤカワ新書)が楽しいガイドとなる。「源氏物語」は現代語訳で楽しむのがおすすめだが、和歌だけはどうしても原文になる。そこで和歌の理解を深めつつ「源氏物語」全体をつかむためにもう一冊、私の『百首でよむ「源氏物語」』(平凡社新書)を。=朝日新聞2024年1月10日掲載