1. HOME
  2. 書評
  3. 「スーザン・ソンタグ」書評 決めつけ排し思索を丹念に辿る

「スーザン・ソンタグ」書評 決めつけ排し思索を丹念に辿る

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2024年01月13日
スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想 (集英社新書) 著者:波戸岡 景太 出版社:集英社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784087212846
発売⽇: 2023/10/17
サイズ: 18cm/237p

「スーザン・ソンタグ」 [著]波戸岡景太

 1日に数十億もの写真がネットに飛び交い、戦場の生々しい写真が瞬時に届く現在。だが、私たちの人間理解は豊かになっているのか。刺激的な画像の氾濫(はんらん)で、いよいよ他者の苦痛に鈍感になっていないか。
 『反解釈』『写真論』『他者の苦痛へのまなざし』等(など)を著し、挑発的な議論を続けたスーザン・ソンタグは、今こそ顧みられるべき人物だ。しかしその主張の断片は知っていても、全体像を摑(つか)めない人は多いのではないか。ソンタグは「解釈」によって対象を理解したつもりになることを何より嫌った。本書はソンタグの「反解釈」の意思を汲(く)み、「本当のソンタグ」なる決めつけを拒否して、その思索に誠実に迫る。
 著者が注目するのが、ソンタグの「ヴァルネラビリティ(脆さ)」に関する思考だ。ソンタグによれば、撮影とは被写体のヴァルネラビリティに関与することである。この姿勢なしに苦しむ被写体を見ても、その苦痛は決して理解できない。ソンタグは、苦しむ体に興味を抱くのと同じ人間が裸体の写真を見たいという欲求を持つ以上、「苦痛の身体」のイメージは簡単に「ポルノ的な身体」に変わりうると看破していた。ソンタグの写真論は、苦しむ他者に興味や同情は寄せても、写真を鑑賞する特権的な立場にいる自分がその苦しみに関わっている可能性には無自覚な私たちへの痛烈な批判に満ちている。
 ヴァルネラビリティという概念は、スキャンダラスに語られてきたソンタグの私生活にも新たな理解を提示する。がんを患ったソンタグは、パートナーに死の瞬間まで撮影させた。ソンタグ最後の仕事にも、「ヴァルネラビリティへの関与」という姿勢は貫かれていたと著者は見る。
 写真や映像で苦痛を伝えることの限界を見据え、だからこそ言葉を尽くして語り続けたソンタグ。その思索を丹念に辿(たど)った本書は、私たちの人間理解を確実に豊かにしてくれるはずだ。
    ◇
はとおか・けいた 1977年生まれ。明治大教授(米文学・文化)。著書に『映画ノベライゼーションの世界』など。