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「家を失う人々」書評 強制退去が生み出す転落の構図

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2024年01月13日
家を失う人々 最貧困地区で生活した社会学者、1年余の記録 著者:マシュー・デスモンド 出版社:海と月社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784903212821
発売⽇: 2023/11/30
サイズ: 19cm/565p

「家を失う人々」 [著]マシュー・デスモンド

 ある日、保安官と引っ越し業者の一団がやって来て、部屋から荷物を運び出し、歩道に家財一式をずらりと並べ、追い出される。
 本書は、強制的な立ち退きを主題とするノンフィクション。アメリカ社会学から時にベストセラーが誕生するが、本書もその一例だ。ピュリツァー賞など多数の賞を受賞した。
 著者は、見過ごされてきた強制退去の問題に注目し、ミルウォーキーの8パターンの借家人に密着。これまで公共住宅を軸に学術や政策の議論がなされてきたが、実は貧困層の大半は民間賃貸物件で暮らす。が、手頃な賃料の住宅はなく、収入の7、8割もの家賃を払えず強制退去となる人々が後を絶たない。
 家主にとって、白人居住地域のより高い住宅ローンと税金、維持費が必要な物件に比べて、スラムの物件は利益率が高い。「貧困ビジネス」の側面がある。
 強制退去にあうのは黒人女性が多いという。とくに、シングルマザーは子育てにかかる様々なコストを負担させられている。子どもがいるとより広い住まいが必要で家賃がよりかかるが、彼女たちの賃金は低い。
 強制退去によって、私物や近隣との繫(つな)がりを失い、子どもは学校や友人を失(な)くす。より貧しい地域を転々とし、仕事を失い、うつ病や自殺に追い込まれる。
 政治家たちは貧困層への住宅支援を制限する一方、富裕層への支援を拡大してきた、と著者は看破する。
 著者は調査現場で、常時録音をし、聞いた話のファクトチェックも行った。白人が貧困地域を調査して出版し、スター社会学者になるケースが時折あるが、著者は「実際に(現場に)越してみると、白人はスラムで特権を与えられている」という。白人の方が警官に止められず協力も得やすく、調査をしやすいようだ。
 本書は、最も豊かな国アメリカで、貧困がつくり出される構造を明らかにした優れた民族誌だ。授業にも使える翻訳が出て嬉(うれ)しい。
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Matthew Desmond 米プリンストン大教授。「The Eviction Lab」(強制退去研究所)主任研究員。