『六法』という言葉の由来は、ナポレオンにある。彼は国の基本となる法として、民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の5大法典を整備した。明治初期に、憲法とともにこれを紹介した法学者の箕作麟祥が、それらを「六法」と称した。その後、日本では、様々な法令を集めた法令集や、多分野にわたる法律書を『六法』と呼ぶようになった。
岡野武志氏の『おとな六法』も、日本に住む誰もが法律に親しみを持ってほしいという狙いで書かれた法律の入門書だ。
この本では、ウルトラマンのビル破壊や、デスノートへの名前の記入などの架空の事例から、人のから揚げに勝手にレモンをかけた場合の法的処理まで、様々な質問に回答が与えられている。読者は、「法律は、こんなことにまで答えが出せるのか」と驚くことだろう。
人は「ありそうなこと」を想定しながら、ルールを作る。例えば、高校の校則で通学ルールを決める際、バイクや自転車の可否・条件については定めるが、ヘリコプターや戦車については言及すらしないだろう。
しかし、法は制定者が考えてもいなかった「ウルトラマンに対する、あるべき法的処理の仕方」を導き出すことができる。それは、法が、抽象的な法概念に基づいて作られているからだ。
近代法は、あらゆる人をあらゆる状況で公平に扱うことを目標とした。その結果、制定者が想定する事例を離れて、数学にも似た、抽象概念が登場することになった。
『おとな六法』には、その特徴が見事に表れている。岡野氏は、身近な事例や面白い架空の事例を処理するために、さりげなく抽象的な法概念を駆使する。
私はこの本を読んで、架空の極端な事例でこそ、法概念の理解の深さが問われるのを実感した。ウルトラマンは「人」で、ゾンビは「死体」なのか。簡単には答えが出そうにない。
読者の皆さんにも、事例の楽しさだけでなく、法概念を取り扱う面白さも感じて頂きたい。=朝日新聞2024年1月27日掲載
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クロスメディア・パブリッシング、1958円。9刷・8万部。昨年10月刊。著者は弁護士の人気ユーチューバーで「想定読者は10代以下。親子で法律問題を話し合ってほしい」と担当者。