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「女子鉄道員と日本近代」書評 見過ごされてきた歴史描き直す

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月24日
女子鉄道員と日本近代 著者:若林 宣 出版社:青弓社 ジャンル:産業

ISBN: 9784787221025
発売⽇: 2023/12/21
サイズ: 21cm/204p

「女子鉄道員と日本近代」 [著]若林宣

 電車内に女性車掌のアナウンスが流れるのを初めて耳にしたのは、いつだったか。男性の職場に女性が進出した証しとして、新鮮な気持ちで聞いた覚えがある。だが本書によれば、事実はまったく異なっていた。140年以上も前から、女性は鉄道の仕事に組み込まれていたのだ。
 本書は、これまで見過ごされてきた戦前の女性鉄道員に焦点をあて、近代化の象徴である鉄道の歴史を描き直す。地域新聞や統計などを渉猟し、細かな記事も見落とさずに、女性の姿を浮かびあがらせた。
 女性が採用された理由の一つは、経費の削減だ。明治政府は、近代化政策として鉄道の敷設を進めたが、踏切の監視や遮断機を操作する仕事は、線路工の妻に無償か低賃金で担わせた。
 その後、事務員・電話係・出札係・客車清掃手なども女性が担うようになったが、同じ仕事でも男女の賃金格差は大きかった。安価に雇われる女性たちに男性労働者は危機感をつのらせ、ストライキの要求内容に女性を雇用しないことを掲げたりもした。
 理由のもう一つは、女性ならば旅客の感情を害さずにすむと見なされたためだ。怒鳴ったり、嘲笑したりする客が現れても、女性鉄道員は「やさしく、女らしく、怒らず」に対応する感情労働が求められた。
 総力戦の時代になると、男性が兵役や軍需工場に配置されるなか、改札・運転も女性が担うようになる。ところが戦争が終わると、一転して退職を余儀なくされ、鉄道の仕事は再び男性によって占められていく。男性の職場というイメージは、戦後に強化されたものだといえそうだ。
 近代化の推進や不況の調節弁、総力戦の遂行など、時代の要請にしたがって、女性は鉄道の仕事に包摂され、また排除されてきた。一方で、女性鉄道員に「女性らしさ」を求める風潮は現在も続いていると著者はいう。本書が示すのは、今解決すべき課題でもある。
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わかばやし・とおる 1967年生まれ。歴史・乗り物ライター。著書に『B―29の昭和史』『帝国日本の交通網』など。