川の流れる場所に、人の息づかいがある。江國香織さんの「川のある街」(朝日新聞出版)は、三つの街を舞台に、子供、壮年、老人の視点で日々を見つめる作品集だ。
収録作3編のいずれも川が流れているのは「私の意図じゃない。街が教えてくれたんです」と江國さんは話す。知らない土地で物語を見つけようと、初めて訪ねた東京・赤羽、富山県、オランダのそれぞれで川に引き付けられた。
赤羽から生まれた表題作は、小学3年生の少女・望子(もちこ)が主人公だ。両親が離婚し、別居する父親とは時々会う。父親に会ったあと、別れて歩き出す瞬間が望子は苦手だ。〈見えなくなるまで見送られることがわかっているときに、ふりむいた方がいいのかどうか(そうだとしたら何度くらいか、手はふるべきか、どんな顔でか)、いつもわからなくなる〉
「みんな似たような経験をしたことはあっても、わざわざ言うほどのことじゃないですよね。私も小説にするまで言葉にしたことはなかった」。わずかな心の揺れ、迷い、寂しさ、切なさ、照れくささが、言葉になって立ち現れる。
児童文学も手がけてきた江國さんは、子供と小説家に共通点を感じている。「観察者である、という点で子供と小説家は似ている。だから子供の視点で書くのは、私にとって親和性が高いんです」
同時に、幼い頃はうまく伝えられなかったことを、小説家として言葉にし直している。思い出すのは、かつて見たフランス映画だ。「話を聞いてくれない大人たちへ少年が『大人になったら話しにきます』と言う。その場面に胸を打たれました。私も、大人になったから話しにきました、という気持ちで小説を書いています」
最後の1編「川のある街Ⅲ」は、オランダで暮らす老女を描く。認知症が進行するなか、10年以上前に亡くなった同性パートナーとの日々を思い出しながら夜の街を散歩する。「子供と違って、寂しがって泣くわけにも、お母さんの足にしがみつくわけにもいかない。電話できる友人も、もういない。寂しさを抱きしめるしかないんですよね」。街も、人も、時とともに消えゆき、移ろいゆく。「でも、年を重ねるというのは、抱きしめるものがいっぱいあるということでもある。寂しさと豊かさの両方を」
小学生の少女と認知症の老女は、「もちろん違うけれど、日常を丁寧に追っていくと、小さな気持ちの揺れはいっしょでした」。
かつてインタビューで、「言葉で表せないものという表現があるけれど、私はそれを否定したい」と語っていた。いまも、思いは変わらない。「一つの感情に対して一つの言葉が対応しているわけではない。だから簡単には言葉にできない感情はあると思う。でもそれをひとつひとつ物語にすれば、言葉で表現できる。言葉にできないものを私自身が理解するために、小説を書いています」(田中瞳子)=朝日新聞2024年3月13日掲載