当事者に近い言葉で、しくみ解き明かそう 佐藤俊樹さん
社会学には二つの系統がある。一方では、メディアの求めに応じて社会問題を解説する「世の中早わかりツール」として便利に使われてきた。他方で、学術研究の長い蓄積がある。
売れている本、影響力がある議論だけが社会学ではないが、学術の側で「あれは社会学ではない」と切り捨てるのもおかしい。民主主義の社会では、社会のしくみを自分で知った上で、採るべき道を決める。それが本来のあり方だからだ。
社会学への需要と研究との距離を縮める必要がある。昨年出版した新書「社会学の新地平 ウェーバーからルーマンへ」は一般読者からの反応がいい。社会学の現在の展開を、自分たちの言葉に近いところで知りたい人は多いようだ。
聞き取りを重ねるインタビュー調査が流行しているのもその一環だろうが、聞き取りを理解するにも、「この社会のしくみ」をとらえる枠組みは欠かせない。それを提供できるのは哲学や思想の空中戦ではない。経験的なデータにもとづく理論的な研究だ。マックス・ウェーバーは生涯を通じて、そういう課題に取り組んだ。
資本主義の精神のもとで、株式会社などの法人や官僚制といった合理的組織が意思決定を重ねながら動いていく。そのしくみの解明にウェーバーは取りかかり、ニクラス・ルーマンがその問いを継承した。そうした形で学術の成果は積み重ねられてきた。
経済学だけでは「この社会」への理解は深まらない。むしろ当事者の言葉に近い形で、社会のしくみを論理的に解き明かす。そうした社会学の営みこそが、政治不信や陰謀論から民主主義社会を守るためにも必要だ。
人々からの問い、丁寧に向き合い記述する 北田暁大さん
社会学者のメディア上の発言は、ある時期から狭い意味での専門性を超えた不思議な力を持ってきた。そうした華々しいパブリックイメージと少しだけ距離を取り、いわば氷山の水面下にある「普通の社会学」を示す。見えにくい塊だって面白いというのが、現在刊行中の「岩波講座 社会学」シリーズ(全13巻)に込めた思いだ。沖縄や東京・大阪などの一般の人々の生活史を聞き取り、質的社会調査の豊かさを世に知らしめた岸政彦さん、統計的手法を駆使して政策立案にも関与する筒井淳也さん、ジェンダーの視点から貧困問題に取り組む丸山里美さん、ケアと社会との関わりを考察してきた山根純佳さんとともに編集を行い、中堅の研究を中心に社会学の現在を丁寧に紹介することを目指した。
私見では岸さんの登場が大きかった。2013年刊の「同化と他者化」、15年刊の「断片的なものの社会学」は社会学の内外に衝撃を与えた。岸さんとは、18年刊の共著「社会学はどこから来てどこへ行くのか」などで対話を重ねてきた。
社会を華麗に解釈するのではなく、丁寧に記述する。困難にある人ときちんと向き合い、考える。岸さんの仕事は、社会問題を出発点としつつ足を使う「泥臭い」、しかし王道ともいえる社会学の伝統に連なる。むろん理論を刷新しようとする志向も欠かさない。
もちろん、学説の歴史的な蓄積は、すべての論稿に継承されている。重要なのは、理論を携えつつ現在の「問い」の複雑性を真摯(しんし)に受け止めること。筒井さんは社会学を「人々から問いを受け取る」学問と位置づけた。様々な問いの引き受け方を概観する機会になればと願っている。=朝日新聞2024年3月27日掲載