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「Mine!」書評 市民の感覚に即した制度設計を

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月20日
Mine! 私たちを支配する「所有」のルール 著者:マイケル・ヘラー 出版社:早川書房 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784152103178
発売⽇: 2024/03/21
サイズ: 13.1×18.8cm/384p

「Mine!」 [著]マイケル・ヘラー、ジェームズ・ザルツマン

 私は先日、鷲田清一の『所有論』を書評した。鷲田が近代の法に先立つ身体や慣習を重視するのに対して、いかにもアメリカンな本書は、所有を徹底して法や権利の次元で捉える。しかも、その記述は無味乾燥でなく、精彩に富んだ事例で満ちている。本書は、法を市民の実生活と結びつけるポップな本なのだ。
 所有権と聞くと、厳密に根拠づけられたものに感じる。だが、それは逆で、所有には多くの曖昧(あいまい)さがつきまとう。例えば、よくトラブルになる座席のリクライニング。後部座席の狭い膝(ひざ)上の空間は、前と後ろの乗客いずれの所有物なのか。アメリカの航空会社はそこを曖昧なままにして、一つの同じ空間を事実上、二人に売っている。トラブルが嫌な乗客は、より高価でも広い席を買うように誘導されるだろう……。
 あるいは電子書籍を買うケース。消費者は「購入」したつもりでも、それは本への「ライセンス」を与えられただけだ。物理的な本を買うのに比べて、電子書籍は制限だらけであり、本の貸与もできず、勝手に削除されることもある。だが、企業側の巧妙な設計によって、消費者は従来通りに本を購入し所有していると思い込む……。
 ポイントは、所有権はその根拠の曖昧さゆえに「設計者」にコントロールされるということだ。それはしばしば公共の利益を害するが(ミッキーマウスの著作権保護期間の強引な延長のように)悪いことだけではない。所有のルールをうまく設計すれば、共有地の乱獲競争を防ぎ、希少資源を適切に管理することもできるからだ。
 デジタル化や貧富の差が際立つ今、所有はその概念や存在理由から問い直されるべきである。古い時代の所有感覚は、現実の変化にあわせて改める必要がある。本書は、所有権の設計を一部の企業や専門家に委ねず、市民のための技術に変えるように促す。まさに《社会工学的な啓蒙(けいもう)》を試みた意欲作である。
    ◇
Michael Heller 米コロンビア大教授(不動産法)▽James Salzman 米カリフォルニア大ロサンゼルス校特別教授(環境法学)。