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Weird the artの創作に触れる3冊「見た目怖いかもしれないけど、実際に話すと穏やかな人たち」

Weird the art(ウィルド・ザ・アート)さん=梅崎桃子撮影

村上春樹はノンバーバルな状況を言語化してる

――読書はしますか?

 有名なアーティストさんが紹介してる本とか、あとたまに本屋さんに行ってタイトル買いして、帰りにそのまま読むみたいなことが多いですね。

――本屋さんに行くと予想外の出会いがありますよね。

 そうですね。活字が読みたい時は小説や新書の棚を見ますし、たまに神保町に行ってアートブックを扱う古書店で画集を探したりもします。空山基さんの画集とか、レン・ハンという中国の写真家がすごく好きです。

――レン・ハンさんはどんな作風のフォトグラファーなんですか?

 2017年に亡くなられてしまったんですが、中国って性的な表現への規制が厳しいんですが、レン・ハンはよくヌードを撮ってました。でも世界観がやばくて。見た瞬間にファンになりました。

――では今回はどんな本を持ってきていただいたのでしょうか?

 村上春樹さんの『カンガルー日和』(講談社文庫)です。自分はシリーズものとか、長いストーリーの小説が苦手なので短編を読むことが多いです。リリックを書いたり、メタファーを考えたりしてる時に本を手に取ります。いろいろ読んだんですけど、個人的にこれが一番すごかったです。

――具体的に『カンガルー日和』のどういう面をリリックの参考にしたんですか?

 言語、比喩、表現方法とか、自分的にすべてが詰まってると思いました。僕が特に好きなのは「眠い」という短編。彼女と一緒に彼女の友達の結婚式に行ったけど、眠くなるほど退屈だって話なんですよ。その中で「僕はナイフとフォークを手に取ってT字定規で線を引くようにゆっくりと肉を切った」という文章があって。すぐ情景が頭に浮かぶじゃないですか。でもこういうノンバーバル(非言語)な状況を言語化するのはすごく難しい。村上春樹さんの短編はいろいろ読んだけど、『カンガルー日和』が一番好きでしたね。

――「眠い」以外にも気に入った短編はありましたか?

「とんがり焼の盛衰」かな。これ小学校の時、国語の教科書に載ってたんです。当時パンチあるなあと記憶に残ってて、20代半ばに『カンガルー日和』を読んでたら再び巡りあったんですよ。「 また出てきたわ、この話」みたいな(笑)。

――また巡りあっちゃった(笑)。

 久しぶりに読んだら、子供の頃よりも内容が理解できて結構嫌な気持ちになりました(笑)。お菓子会社の説明会に行く話なんです。簡単にいうとこの短編が資本主義の搾取構造に対する比喩なんです。

――村上春樹の作品は読み終わった後になんとも言えない気持ちになることありますよね。

 うまく飲み込めない話が多い。「あとは自分で考えて」みたいな。本当にすごい文章だと思いますね。

全体像をつかむリスナーに浸透したい

――ウィルドさんはどのようにリリックを書かれるんですか?

 曲によりけりですけど、リリックはふだんから書き溜めているので、ビートを聴いてフローが浮かんだら、テーマやタイトルの題材に当てはめていくことが多いです。でも言いたいことが先にあって、ゴールからスタートに遡っていくような書き方もします。

――最新作で特に気に入ってるラインを教えてください。

「Ourback$」の「ビーフリードCalorie高めても味がないとバツ」ですね。自分は結構難しい言い回しするんですけど、調べてもらえれば意味はわかると思います。

――なるほど。「Ourback$」のテーマは、高度消費社会への揶揄という点で「とんがり焼の盛衰」にもつながってるんですね。

 直接的にどうこうってわけではないんですけどね。村上春樹さんの考え方や方法論を自分なりに応用してリリックに落とし込みました。

――それこそ音楽もサッと聴いて、パッとわかるものがより好まれる傾向にありますしね。

 はい。でも別に良いか悪いかではないです。ただ僕はちゃんと曲を聴くリスナーは何周も聴いてようやく全体像を掴みにいくと思うんです。そういう人たちに(自分の曲が)浸透してったらいいなって思いはありますね。

――音楽好きに浸透するという意味では、今回の取材でもお世話になったクラブ「恵比寿BATICA」でFlat Line Classicsのみなさんが開催されている「Deep Drunkers」は音楽好きが集まるとても良いパーティーですよね。年末に初めて遊び行きましたが、排他性もなくピースフルな雰囲気に感動しました。

 それは嬉しいです。僕らは見た目怖いかもしれないけど、実際に話すと穏やかな人たちだと思うんですよ(笑)。あのパーティーに来てくれる人たちはしっかり中身を見て来てくださってる気がします。

――「Deep Drunkers」というパーティー名どおり、演者もお客さんもものすごくお酒を飲むけど、別に強制されないし、暴力性もなくて。陽気な酔っ払いというか。

 毎回イエーガーマイスターが20本以上空になるんです(笑)。それだけ飲んだら、普通は変な感じになっちゃう人とか出て来ると思うんですよ。僕ら自身はもちろんパーティーが荒れないように意識してるけど、お客さんもそこを感じてくれてる気がしてて。みんなであのピースな雰囲気を作り上げてるんだと思います。

「恐怖」と「不安」の違いとは

――次の本は新書ですね。

 はい。『心の免疫力 「先の見えない不安」に立ち向かう』(PHP新書)という本です。1年くらい前に無性に活字を読みたくなって家にある本を読んでたんです。軽い気持ちで読んでたけどすごいインスピレーション受けちゃって。この本がきっかけにソロアルバムを制作しようと思いました。

――どんな内容なんですか?

 自分はもともと恐怖と不安の違いに興味があって。恐怖は実態のあるものに抱く感情で、不安は実態のないものに抱く感情なんですね。不安は一番人をネガティヴにさせると思うんですよ。この本は実例をあげながら、どうやって不安に立ち向かっていくかが書かれています。

――ではソロアルバムもそこがテーマになってくるんですか?

 そうですね。タイトルは「After Maniacs」になる予定です。“躁状態の後”をテーマに制作しています。自分は東京でしか暮らしたことがないからかもしれないけど、現代社会には欲とエゴが渦巻いていると思うんですよ。そういった実態のない不安が自分にのしかかってきた時、あなたはどう対処しますか?みたいなことを伝えたい。僕自身はあんまし不安に左右されることはないんですけど、若い子が市販薬をOD(過剰投与)してストレスを和らげてるみたいなニュースを見ちゃうと、思うことがあって。

――SNSだけが原因ではないと思うけど、リアルな人間同士のつながりがどんどん薄れてきてる気がします。思うにSNSって結局独りなんですよね。

 うん。SNSって心の距離は遠い感覚がありますよね。友達と集まって遊ぶのとは違うというか。もしヒップホップが好きで孤独だったら「Deep Drunkers」に遊びにおいでって感じです(笑)。

――めっちゃオープンマインドですもんね。

 それはこのハコ(BATICA)のおかげもあると思います。みんな「家」だと思ってる。荒れる現場とか見たことないし。初めてFlat Line Classicsを見に来た人が自分に話しかけてくれて、そこから実際に友達になった人もいますからね。BATICAにはそういう雰囲気があるんですよね。

――ソロアルバムはそろそろリリース予定なんですか?

 それがちょっと壁にぶち当たってまして(笑)。なんかラップのフローとトラックのBPMが合わなくて、トラックを取り替えたりしてたら1曲に2〜3カ月ぐらいかかってしまい……。

――ラップのフローと、言いたいことと、BPMのバランスを取るのは難しい?

 ヒップホップはリズムが重要な音楽ですからね。キー(声の波長)がビートにあってるかとか。自分1人のラップで頭からケツまでしっかり持たせないといけないってなると、いろいろ気になってきちゃって今は難航してます……。まあ楽しみに待ってください(笑)。

純粋な熱は持って活動しています

――では最後に紹介していただけるのは?

 小泉綾子さんの『無敵の犬の夜』(河出書房新社)という本です。スピード感のある文章で、かつ読みやすかったので1日で読めました。主人公は子供の頃に事故で小指と薬指を失った北九州の中学生です。虚無感に覆われた日々を暮らしていると地元でめっちゃかっこいい先輩と出会うんですね。主人公はその人に心酔して、先輩はビッグになるって言って東京に行くんです。でも「やらかし」ちゃって。主人公も後を追うんですが……って話ですね。

――面白そう。

 すごく面白かったです。オチは言いませんけど、主人公の好奇心が全部空回っちゃうんです。思春期の怖さっていうのかな。思春期って怖いもの知らずだし、経験の時期でもあるじゃないですか。でもこの主人公は自分ではなく先輩に注力しちゃうというか。それで自分が無敵になった気がしたんだろうなって。

――ピュアさという意味ではFlat Line Classicsにも通じる本ですね。

 方向性は全然違いますけど(笑)。でもこの本にあるような純粋な熱は持って活動しています。自分たちは音楽が好きってだけ。悪い要素が全然ない。ラップしてることも全部リアルだし。

――「Deep Drunkers」に行ったことで、そこがより明確にわかった気がしました。

 ありがとうございます(笑)。

――最後に今後の活動の予定を教えてください。

 クルーとしては次のアルバムの制作に着手した段階です。前作よりもハードルをあげて、良い意味で期待を裏切っていきます。自分個人としては、ソロアルバムをリリースすることですね。今年になってソロでもライブに呼んでいただけるようになりましたし。ソロアルバムが落ち着いたら、もっと新しいことにも着手していきたいと思っています。

インタビューを音声でも!

 好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」では、Weird the artさんのインタビューを音声でお聴きいただけます。SpotifyではFlat Line Classicsの音楽も一緒にどうぞ。