1. HOME
  2. コラム
  3. 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」
  4. 雨にも負けず、風にも負けず、勝利を信じ続けること。『小公女』のように 中江有里の「開け!野球の扉」 #14

雨にも負けず、風にも負けず、勝利を信じ続けること。『小公女』のように 中江有里の「開け!野球の扉」 #14

(Photo by Ari Hatsuzawa)

 野球を観るスタイルは、自由だ。
 テレビ、スマホがあればどこだって試合は生で観られる。たとえば大阪から出張の帰り、試合を観ていたらあっという間に東京に着く。
でも本当は現地で観たい。それも野外がいい。
 屋内のように空調はない。夏の球場は強い日差しと蒸し風呂のような熱気につつまれる。
 熱中症予防のため塩飴を舐め、水分を取りながらの試合観戦はちょっとした修行だ。
 でもタイガースファンと一緒に応援するのは何よりの醍醐味。
 勝って歌う六甲おろしは最高である。

 暑いのはまだいい。困るのは雨だ。
 4月21日、甲子園は雨の予報だった。
 朝早く、新幹線に乗り、阪神電車に乗り換えて甲子園に到着した。すでに雨が降っている。しかし試合はやるらしい。今季初の甲子園観戦。やってくれるだけありがたい。
 甲子園には神整備として知られる阪神園芸さんがついている。
 試合は5回に佐藤輝明選手の3ランホームランが飛び出し、6回表が終わった時点で雨足が強くなってコールド勝ち!
 寒さも吹っ飛ぶ、いい試合だった。

 それから3日後、わたしは横浜スタジアムにいた。再び雨の球場だ。
 甲子園のときより激しい。今日こそ中止になるだろう……と思ったら試合はやるという。
 雨の中の応援は経験したばかりだ。タオルは多めに、荷物を入れるビニール袋も持参。
 準備万端。あとは応援するだけだ。

 霧雨でグラウンドは白っぽくかすみ、視界不良。試合はなかなか動かず4回まで0-0のまま。
 やっと5回表に阪神が押し出しで1点先制したが、6回表、雨のため一時中断。
 雨避けポンチョはもう無意味で、靴の中まで水浸しだ。
 試合中断の間、阪神応援団が選手たちのヒッティングテーマ演奏を始めた。今は2軍にいるミエセス選手のテーマまで! 歌いながら寒さを忘れた時間だった。
 やがて試合再開。すると7回裏、DeNAベイスターズに逆転された。しかもライト森下翔太選手のエラーも絡んで、この回に一挙3点を追加される。
 わたしの中で、張り詰めていたものがプツンと切れた。
 気温とともに、テンションも下がっている。寒さマックス。風邪をひきそうだ。
 8回表、阪神の攻撃は3者連続三振。2点リードされた展開で、ついにわたしは席を立ち、横浜スタジアムをあとにした。

 帰る途中の車内、試合結果を確認しようとアプリを開いた。
「え……まだやってる」
 9回表、阪神の攻撃が続いていた。死球を挟んで4連打、さらにまた押し出しまであって、あれよあれよ、という間に逆転。
 あの寒かった展開が噓のように、5-3で勝った。

 雨の横浜スタジアムでは、ファンたちが高らかに歌う六甲おろしが響いていただろう。
 阪神が逆転勝ちしたのは嬉しい、けどちょっと後ろめたいのだ。
 わたしは、阪神タイガースを最後まで信じられなかった。そのことが悔しくて、恥ずかしかった。

(Photo by Ari Hatsuzawa)

 子どもの頃、名作劇場のアニメ「小公女セーラ」がとても好きだった。
 原作はフランシス・ホソジン・バーネット『小公女』。
 物語の原型はアニメとほぼ同じ。主人公のセーラは、幼い頃に母を失い、愛する父のもとで育ち、7歳の時ロンドンのミンチン女子学院に「特別寄宿生」として預けられることになる。「特別」という名の通り、一般の寄宿生にはない特権――専用の素敵な寝室に居間、移動用のポニーと馬車、女中までつくという。
 ところが父親が全財産を失ったという知らせが届くと、いきなり部屋を追い出され、みすぼらしい服に着替えさせられ、召使いとしてこき使われるようになる。
 小説のセーラは雨の日にわざとお使いに出され、ずぶぬれになって帰ってくる。料理人は難癖をつけてセーラに食事なしを命じる。読んでいても、ひもじくなる。

 しかし、わたしはセーラの中にある確固たる感情を感じていた。
 暗闇に灯る蝋燭の炎のように、小さくとも触れれば熱く、周囲を照らす――セーラの自尊心だ。
 セーラはどんな時も自分を信じ、自分を高めることを諦めなかった。そしてある日、思わぬところから意外なものが飛び込んできて、人生の大逆転が始まっていく。

(Photo by Ari Hatsuzawa)

 勝負は終わるまでわからない。9割駄目だと思っても、最後まで勝利を信じて戦い抜く。
 信じなければ、勝利はつかめない。それは応援する側も同じ。
 わたしにとって応援するということは、自分の人生の持ち時間を阪神タイガースに費やすことであり、ともに生き、戦っているようなものだ。
 心を尽くした応援は、選手に必ず伝わる。横浜の雨は教えてくれた。