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貫井徳郎さん「ひとつの祖国」 もし日本が東西分断されていたら? 現代の閉塞感描くサスペンス

昨年から日本推理作家協会の代表理事に。「ふさわしいと思われてるか、おどおどしてます。歴代、押し出しの強そうな方が並んでますから」と笑う

 もしも第2次大戦後の日本が、ドイツのような東西分断の後に再統一された国だったら……。貫井徳郎さんの新刊小説「ひとつの祖国」(朝日新聞出版)は、格差が固定したディストピア的な社会で、テロ組織と自衛隊との暗闘を描く骨太のクライムサスペンス。架空の歴史設定でありながら、現代日本の閉塞(へいそく)感を浮き彫りにする。

 物語の舞台は、分断後の再統一から30年ほどたった日本。旧共産主義国の東の若者が西日本人並みの生活を送るには、自衛隊に入るくらいしかなくなっていた。東西の経済格差は埋まらず、東日本の再独立を目指すテロ組織が暗躍していた。

 着想のもとには昔から愛読していた平井和正の〈人類ダメ小説〉があった。平井いわく「人間に対する絶望感から発する物語」。「僕も同じような疑問がずっとあって、ネット上の悪意や、ウクライナやガザの現状を見ていると、人間ってなんて愚かなのかと。どう進化すればよりよい社会になるのか、掘り下げて考えてみようと思った」

 主人公は2人の青年、一条と辺見。共に自衛隊員の父親を持つ幼なじみで、大学卒業後、一条は引っ越し業者の契約社員に、辺見は自衛隊員になり、交流を続けていた。一条が意図しない形で、テロ組織と関わりを持つまでは……。

 3部構成の大作ながら、サスペンスたっぷりに飽きさせない筆運びはさすがの技。現状を達観しているかのような一条が不条理なまでにテロ組織の活動に巻き込まれていく第1部は、まるでヒチコック映画のようだ。第2部は旧友の無実を信じながら、自衛隊特務連隊としてテロ事件を追う辺見の姿が、ときにユーモアを交えて描かれる。そして第3部では、テロ組織にも自衛隊にも追われることになった一条の必死の逃亡劇が展開する。

 一条の前には、日本の現状について様々な言葉を投げかける人が現れる。独立に向けた「秘策」があるというテロ組織穏健派の一員は、「人は自尊心を保つために誰かを見下さずにはいられないんだ。それが、人間の本質だと思う」と語る。一方、一条の逃走を手助けする男は「平気で他人を見下す価値観の方がおかしいんだ」と正反対の言葉を放つ。エンターテインメントでありながら、いつになく貫井さんのメッセージを強く感じる。

 「架空設定の自由さがあったからですね。リアルな現代日本を舞台にすると、ミステリーを書きづらい時代です。警察が強すぎて、犯人が圧倒的に不利。そんな思いから架空設定ものを書いていたのですが、今回、思想面での書きやすさにつながったのは意外でした」

 昨年刊行の「龍の墓」はVR(仮想現実)空間と現実社会で起きる連続殺人がリンクする本格ミステリーだった。作中のVR空間は、雑誌連載中に、米アップルが発表した「空間コンピューティング」の世界に近い。

 本作でも、架空設定による東日本人の鬱屈(うっくつ)は円安や物価高、国力低下に苦しむ、現在の日本の姿を映しだしているかのようだ。1993年のデビュー作「慟哭(どうこく)」がオウム真理教の事件後に再評価されたように、貫井作品の想像力は未来を予見することが多い。

 「やっぱり読者にも考えてほしいんですよね。思考の材料を小説として提供したいと思っていて。自説を押しつけるわけではなく、多角的に書きたいという気持ちは常に持ってます」(野波健祐)=朝日新聞2024年5月15日掲載