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「つげ義春が語る 旅と隠遁」書評 あるがままで市井に潜む仙人?

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2024年05月25日
つげ義春が語る 旅と隠遁 (単行本 --) 著者:つげ 義春 出版社:筑摩書房 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784480818645
発売⽇: 2024/04/11
サイズ: 18.8×2.2cm/400p

「つげ義春が語る 旅と隠遁」 [著]つげ義春

 他人の夢は面白くないけれど、自分の夢は面白いと思う。だから僕の夢は面白くないと人に言われても納得できる。つげさんに言わせると、夢は整理するものではない。と言いながら、本書にあるつげさんの語りは隙がないほど見事に整理されている。つげさんは無分別な生き方を語りながら、その実体はなぜか分別臭い。まあ、そこが面白いのかも知れないけど。
 つげさんは目立った存在になりたくない。有名にも偉くもなりたくない。賞もいらない、隠遁生活を理想として、経済生活ができれば本分であるマンガも描きたくないという。どこか私小説的な生き方に見えるが、家庭を壊してまでの芸術至上主義は否定する。
 だけど、ファンの中のヤセガマンを美徳としているような人たちにはつげさんはスター的な存在である。でもそうでない人にとっては人間不在を感じてしまう。
 そんなつげさんはどこか仏教的世界観の人で、低俗な人々と違って毅然(きぜん)とした高い理想を求める孤高の旅人のように映る。主観を排して意味づけをしない、あるがままな、夢の中の自分は無我であるように、真の自分を生きていることを実感し、昼間の我に支配された個人ではなく、自我を滅却した個としての普遍的な世界こそが自分のテリトリィらしい。
 そんなつげさんはなりゆきまかせ、人まかせ、あるがまま、意味づけなどしない、運命の他動的な力に従って無理をしない。がんばって努力などしない、白黒をつけたがる知性と感覚を肯定する今日的世界観の人間とは自分は違う。人里離れた洞窟ではなく市井の中にひっそりと住む令和の仙人?
 にもかかわらずなぜか神経がまいってしまっている。こういう人は生きながら死を内包している人で、輪廻(りんね)の輪から離脱したいと憧れる不退転者を妄想するらしい。こういう人にはこの現世が虚の世界に映ってもおかしくないんだろうなあ。
    ◇
つげ・よしはる 1937年生まれ、マンガ家。65年から雑誌「ガロ」に作品を発表し注目される。『ねじ式』『無能の人』など。