本書は、週刊朝日で2013年から休刊した23年までに書いた490本の書評から154本を選んだ1冊だ。政治や社会、文学、暮らしや芸能のテーマに分けて収めた。連載した10年は東日本大震災後、令和が始まりコロナ禍を経験した時代だった。その時々の話題本を中心に紹介しているが、原発や安全保障、地域経済、ジェンダーなど、課題にあふれている。
例えば、浅田次郎著『日本の「運命」について語ろう』(15年刊、幻冬舎文庫)では、260年余り戦争をしなかった徳川幕府を再評価する本書に、戦後70年の日本を重ね「この記録を私たちはどこまで更新できるだろうか」と鋭く問う。松中権著「まずは、ゲイの友だちをつくりなさい」(同年刊、講談社+α新書)や、井上由美子著の小説「ハラスメントゲーム」(18年刊、河出書房新社)など、世の中の動きに素早く反応した本を書評に取り上げてきた。
ただ、評者本人は「今回全ての原稿を見返したけど一つも覚えていなかった」と言い、「借金を取り立てされるみたいに慌ただしく書いていたから」と笑いながら振り返る。入院先の病室から原稿を送ることもあったという。
毎週迫り来る「魔の火曜日」。書評と別の新聞コラムの締め切りが重なる日で、午前5時ごろから書評本に目を通し、原稿を書き終えるのは午後2時ごろ。そのままコラムに取りかかり、夜までに間に合わせる。
選書は自由で、時間が空くと書店に候補となる本を探しに行った。「自分の興味の範囲はせいぜい半径5メートル」。未開拓の本が潜む書店は「荒野のようで、サプライズがある」場所だ。偶然出合う本を求めて出向く。朝日新聞の書評委員で一緒だったドイツ文学者の池内紀さんから「本って出合い頭だから」と言われたことを心に留めているという。
執筆で重視するのは「自分を消し、いかに内容を的確に書くか」という点だ。「この本が言いたいことは何か、整理整頓されていない本が案外多い。分かりやすくかみ砕くには、ねじりハチマキ巻いて、大なたを振るって、下草を刈る作業をしなければいけない」と話す。
長年、雑誌や新聞を中心に書評を書いてきた。いまネットでは読書レビューがあふれ、動画投稿アプリで紹介された本が人気を得る。紙媒体の存在意義はどこにあるのだろうか。斎藤さんは「保存性に優れた媒体なので、本のダイジェストとして後になっても読め、書かれた時代を追える良さがある」と指摘する。まさに本書もこれから何十年後かに読み返せば、懐かしいだけではない、時代の一面や社会の流れを学ぶ糧となりそうだ。(森本未紀)=朝日新聞2024年5月29日掲載