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米澤穂信さん、青春ミステリー「小市民」シリーズ完結 思春期探偵、探りあてる「自分」

雑誌掲載ずみの短編が3作あり、「スピンオフ的な短編集が少なくとももう1冊は出ます」

 人気作家、米澤穂信さんの青春ミステリー「小市民」シリーズの四部作が「冬期限定ボンボンショコラ事件」(創元推理文庫)で完結した。2004年の第1作「春期限定いちごタルト事件」から20年。思春期の始まりと終わりを描いた成長小説と、巧緻(こうち)な謎解き小説が見事なまでに融合した逸品だ。

 米澤さんの青春ミステリーといえば、デビュー作「氷菓」(01年)に始まる「古典部」シリーズがある。「小市民」シリーズもまた高校生が主人公だが、「ミステリーの濃度」がかなり異なるという。

 「謎解きの趣向をより凝らした名探偵ものです。ただし、学園生活で探偵然として振る舞うと摩擦を引き起こしてしまう。ならば周囲との摩擦で探偵をやめてしまった元・名探偵にしてみようとの発想で書き始めました」

 何かと推理をしたがるせいで中学時代に苦い経験をした小鳩常悟朗は高校入学を機に、同じような境遇にあった小佐内ゆきと、目立たずつつましい小市民を目指すための互恵関係を結ぶ。なのに謎めいた事件がしばしば起きて、小鳩はついつい探偵のような推理をするはめになり……というのがシリーズの骨格だ。

 テストの最中に突然割れたドリンク瓶、といった日常で起きるささいな謎が並ぶ「春期」、小佐内が何者かによってさらわれる「夏期限定トロピカルパフェ事件」(06年)、街中での連続放火を扱った「秋期限定栗きんとん事件」(09年)。2人の学年が上がるにつれ、作中の事件はより深刻になり、真相に至るミステリー的な仕掛けも複雑になっていく。

タイトルはアントニイ・バークリー「毒入りチョコレート事件」のもじり。寡黙で冷静な小佐内が、スイーツに関しては熱く冗舌になるのもシリーズのお約束だ

 完結編となる「冬期」は高3の冬の物語。受験を控えた小鳩はひき逃げに遭い、入院生活を送っていた。現場は河川敷に沿った堤防道路で、車が逃げた方向に抜け道はなく、一般道に合流できる交差点の角にあるコンビニの防犯カメラにも不審な車は映っていない。ではどこに消えたのか、という「密室」の謎が出てくる。

 小佐内は犯人捜しに動いているようだが、病室で無聊(ぶりょう)をかこつ小鳩は過去の事件を思い起こす。3年前、小佐内と出会うきっかけとなった、クラスメートのひき逃げ事件も同じ堤防道路で起きていたのだ。

 「2人にとっての最初の事件と最後の事件が同時に進行していく構造になれば面白いと思いました。音楽が終わるときのアウトロであると同時にイントロであるような」という本作では、ついに中学時代の蹉跌(さてつ)が描かれる。

 2人の「小市民になりたい」との思いには、「人とはちょっと違う」というおごりと「人並みになりたい」という願望が入り交じっている。自意識を持てあましがちな思春期らしい感情が生まれた原因が、小鳩の回想で残酷なまでに明らかになっていく。

 「自分はどういう人間なのか、何ができて何ができないのか、できるというのはどれくらいできるのか……正しい自己認識に至る過程を青春小説として描こうとしたときに思いついたのが、小市民という言葉だったんです」

 過去の事件に隠された真相に、安楽椅子ならぬ病床にいながらたどりつく小鳩。では現在の事件はといえば……。「冬期」は単体でも楽しめるミステリーだが、できれば春夏秋冬の2人の感情のうつろいを順番に追ってほしい。複雑な味のスイーツを食べたときのような余韻が、ラストシーンに待っているから。(野波健祐)=朝日新聞2024年5月29日掲載