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「俺たちの箱根駅伝」(上・下) 夢やぶれた者たちへ 熱いエール 朝日新聞書評から

評者: 吉田伸子 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月08日
俺たちの箱根駅伝 上 著者:池井戸 潤 出版社:文藝春秋 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784163917726
発売⽇: 2024/04/24
サイズ: 13.2×18.8cm/376p

俺たちの箱根駅伝 下 著者:池井戸 潤 出版社:文藝春秋 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784163917733
発売⽇: 2024/04/24
サイズ: 13.2×19cm/336p

「俺たちの箱根駅伝」(上・下) [著]池井戸潤

 うわっ、こう来るか!
 タイトルの「俺たち」の意味に気がついた時、思わず呟(つぶや)いていた。
 「箱根駅伝」といえば、今やお正月の風物詩といった趣(おもむ)きさえあるが、その「箱根駅伝」を競技としてだけではなく〝一大プロジェクト〟の面からも描いたのが本書だ。
 「俺たち」というのは、駅伝を走る学生たちであり、駅伝の中継を担うテレビ局のスタッフたちでもある。しかも、走る側は、正式参加校ではなく、記録がカウントされないオープン参加の学生連合チーム(旧・学連選抜)。もう、この設定からして絶妙だ。
 かたや(一度は)敗れた者たちであり、かたや(生中継に)臨む者たち。両者に立ちはだかるのは、往路107.5キロ、復路109.6キロの箱根路。おそらくは、日本で最も注目を集める学生競技と、その生放送。走者である学生たちのドラマと、その裏側で繰り広げられる、放送のプロたちのもう一つのドラマ。それはまるで、池井戸版「プロジェクトX」(豪華2本立て!)のようでもある。
 連合チームの中心にいるのは、予選会で10秒及ばず11位となり、本選出場が叶(かな)わなかった明誠学院大学の四年生・青葉隼斗。放送チームの中心にいるのは、大日テレビでスポーツ畑ひと筋に歩んできた、箱根駅伝・チーフプロデューサー・徳重亮。
 隼斗と徳重、それぞれに乗り越えるべき、なかなかに高い壁が立ち塞がる。とりわけ隼斗には、そもそも、予選会で足を引っ張ったのは自分なのに、という葛藤がある。陸上部のチームメイトには、隼斗に露骨に怒りを向ける者もいる。自分は辞退したほうがいいのか、と悩む隼斗に、急遽(きゅうきょ)陸上部の監督に就任し、連合チームの監督も務めることになった甲斐真人は言う。
 「自分のためにあいつは『箱根』を諦めた――そんなふうに後悔させたいか」
 「『あの野郎、自分だけ箱根に出やがって』ってな。そんなふうに思ってる方が楽じゃないか。そう思わせておいてやれ」
 甲斐のこの言葉に、思わず目頭が熱くなるのだが、他にも池井戸節とでも呼びたくなる名場面、名台詞(ぜりふ)が、本書の随所にちりばめられている。それらは、清澄な水のように、ひたひたと心に沁(し)みわたる。
 読み終えて、思い至る。「箱根駅伝」を描いているのに、駅伝としては季節外れの4月に刊行された理由に。本書は、この春、新たなスタートに立った全ての人へ向けた作者からの餞(はなむけ)なのだ。夢が叶った人への、そしてそれ以上に、叶わなかった人への、熱いエールなのだ、と。
    ◇
いけいど・じゅん 1963年生まれ。『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞し、作家デビュー。『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、『下町ロケット』で直木賞。他の著書に『空飛ぶタイヤ』『陸王』など。