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大町テラスさん「子どもが欲しいかわかりません」インタビュー 産む・産まない、あなたはどうしたい?

男女で読んで女性が見ている世界を知ってほしい

――子どもが欲しいかどうかは女性にとってデリケートなテーマです。どのような思いを抱いて『子どもが欲しいかわかりません』を描きましたか?

 世の中には子どもを作るか迷っている人、欲しいかどうかわからない人、「子どもは欲しいけど母親になれるかな」と不安な人がたくさんいます。

 作者である私自身は産む人生を選びましたが、子どものことを考えて迷っている主人公のカナコは身近な存在でもあり、産んだ側としてのポジショントークにならないように意識しました。

 それから『子どもが欲しいかわかりません』は男性にも読んでほしい漫画です。カナコの夫のリョウくんは、子どもを作ることについてちょっと他人事だなと感じる部分もある人です。ただ、それはリョウくんが悪い夫だからというわけではなく、男性にはそういう人が多いのではないかと思い、キャラクター設定に反映しました。

『子どもが欲しいかわかりません』より ©大町テラス/KADOKAWA

――出産は男女の問題ですよね。

 はい。子どもが欲しいけどパートナーが見つからない場合を別として、不妊治療や育児に協力しない男性は多く、出産は女性に責任が偏っていますよね。実際には男性側の問題の不妊の場合もあるのに、無関心から気づかないこともあります。

――本作を発表した経緯は?

 編集さんから企画をいただいた時、ちょうど『ハラがへっては育児はできぬ』(秋田書店)を描いていたところでした。そんな育児中の私が、子どもが欲しいかどうかわからない女性を描いていいのか悩みましたね。ただ、どうしても出産した側からの目線にはなってしまいますが、子どもは欲しい、でもキャリアのこともある、それならいつ産むのがいいのか、と悩んでいる女性をポジティブな方向性で描きたいと思いました。

――主人公のカナコは、大町さんを投影した人物ではないということですか?

 子どもについて悩んでいる友人に寄り添って見守るような気持ちで描きました。本作では、カナコが子どもについて考えるきっかけをくれるライフステージの異なる3人の友人が出てきます。 私が今まで触れあってきた友人との会話をもとに、マリカ、ハルミ、サキという3人のキャラクターをつくりました。現実では結婚や出産でライフステージが変わると、疎遠になる友達もいますが、本作の中では彼女たちの友情がずっと続いてほしいと思いながら描きました。

――だからそれぞれの人物にリアリティがあるのですね。リアルと言えば婦人科の内診のシーン、ぼかして描かない漫画もあるのだなと驚きました。

 婦人科で股を開いて器具を入れられる。漫画で具体的に描写される機会はあまりないかもしれませんね。 女性同士では時々話題にのぼるこのとのある、「あるある」の嫌さですが、 詳しく描くことによって、女性が男性のパートナーといっしょに読んで、パートナー側にも理解を深めてほしいと思いました。内診だけではなくて、問診票で「性体験はありますか」とか「初めての生理はいつでしたか」とか聞かれることもあります。妻が「婦人科に行ってきた」と言ったとき、男性としては「病院に行ってきたのね」としか思わないかもしれない。でもその裏には、そういったちょっと恥ずかしい質問票に答えたり膣に器具を挿入されたりなどしているという現実があることを想像してもらえたら……と考えています。

『子どもが欲しいかわかりません』より ©大町テラス/KADOKAWA

結末の主人公の表情は読者の考えるきっかけに

――読者からの反響で心に残っている言葉はありますか?

 いろいろあります。たとえば、「子どもを産むことは親のエゴだという視点が抜け落ちている」というご感想がありました。 そのように感じる人の中には、自分自身が社会での生きづらさを感じていたり、自分の生きている世界をまっすぐ肯定できないというような真摯な気持ちがあったりするのだろうと想像します。私自身も、コロナや地震や戦争など社会不安が大きい時代に子どもを確実に守れると言えない以上、産むことはいいことなのか?と自問したこともあります。でも、親やそのまた親の世代がどんな時代にも途絶えることなく子どもを産み育ててきた歴史があるからいま私たちがここにいて何かを感じることができるわけで、まずはそのことを肯定して感謝したいと思いました。

  産まない選択を否定するわけではありません。本作だとカナコの友達のハルミが産まない人生を歩んでいます。産んでも産まなくても、私たちは世間からもらっているものをなんらかのかたちで還元して、その輪の中にいるんです。

――女友達とライフステージが異なっても同じ輪の中にいると思うとほっとしますね。

 はい。それから嬉しいご感想も心に残っています。「主人公の気持ちに共感できた。 自分は子どもを作ろうか迷っていたけど背中を押してもらった」とか、「予期せず子どもを授かったことを良かったと思えた」とか。皆さん、漫画を自分自身の今の状況に重ね合わせ何かを読み取ってくださっているようです。それぞれ産んでも産まなくても、自分自身の人生に満足できればどちらでもいいですよね。カナコも、辛い出来事がありつつも不妊治療に取り組み、まだ子どもができなくても夫婦ふたりの努力によって関係は良好です。最後のページのカナコの表情は、子どもを持つ・持たないに関わらず、自分の人生に納得している表情にしようと思って描きました。

――カナコの選択を明らかにしない、あのラストには驚かされました!

 妊娠出産に関しては必ずしも自分の望んだ選択通りにならないことも多いですしね。自分の存在は母親が出産したからであり、親のしたことを自分も同様にしたほうがいいかなと考える人も多いのではないでしょうか。ラストのカナコの表情によって、自分の気持ちはどちらに寄っているのか、考えるきっかけにしていただけたらいいなと思っています。

外圧によって気づくこともある

『子どもが欲しいかわかりません』より ©大町テラス/KADOKAWA

――母親は娘に「子どもを産め」と言ってはいけないという、社会の風潮がありますが、それに関してはどう思っていますか?

 傷つく人もいるのはたしかですが、そう言われていた時代の良さもあったのではないかと私は考えています。自分の考えに反する意見やアドバイスをぶつけられて「嫌だな」と思うのは当然ですが、「そろそろ産んだら?」と言われたとして、心に何らかの反応が生まれますよね。つまり自問自答するだけではわからなかったことが、周囲からの外圧を受けた時の自分の反応でわかるのではないかと考えています。素直に「そうだよね、そろそろ産もうかな」と思う人もいれば、「そんなこと、傷つくから言わないでほしい」という人もいますよね。

――なるほど。「嫌だな」としか考えていなかったのですが、そうではない反応をする女性もいますね。

 自分ではもうどうにも決められない……!と悩んでいるとき、強制ではないやり方で優しく背中を押してもらえたことに救われた経験がある方も多いのではないでしょうか。自分ですべてを選びとることは幸せな権利でもあるし、同時に責任を背負っていくことでもある。結局は自分が決めることではあるけれど、少しくらい他人に委ねたり流されたりする部分があってもいいんではないでしょうか。

 大町テラスが描いた漫画を読んだから!と私のせいにしてくれていいので、少しでも読者の方が進みたい方向の後押しをできたらいいなと思います。