源平合戦の壇ノ浦で失われた三種の神器の剣を探せ。謎解きの冒険に満ちた歴史小説に玉岡かおるさんが挑んだ。長編の新刊「さまよえる神剣(けん)」(新潮社)は新境地だ。
「玉岡版平家物語を書きたかった。自分の力を出し切って着地した気分です」とさわやかに話す。玉岡さんは兵庫県播磨地方に生まれ育ち、神戸電鉄の鵯越(ひよどりごえ)駅もよく通っていた。源義経の奇襲「鵯越の逆(さか)落とし」の舞台といわれる。
7年ほど前、仕事で高知県仁淀川町を訪れ、安徳天皇潜幸伝説に出会う。歴史上は安徳天皇は壇ノ浦で入水したとされる。でも実は生きのびていて、四国山中を転々とし、土佐に暮らして没したと語り継がれていた。
「幼い天皇が海に沈んだというのはあまりにもかわいそう。どこかで生きていてほしいという人々の優しい思いが背景にあるのでしょう」。その伝承にひかれ、取材を重ねて構想した。
承久の乱に敗れ、隠岐に流される後鳥羽上皇を警護していた若武者、有綱は使命を受け、海に沈んだとされる三種の神器の剣を探す旅に出る。刀工の伊織、幼い巫女(みこ)の奈岐(なぎ)とともに進む四国山中の険しい道。そして山峡の集落に暮らす人々とふれあい、帝と剣をめぐる秘密に近づいていく。
地元の人の話では伝説の帝は独り身で女性を寄せつけず、20代で亡くなっていた。そこから、玉岡さんは大胆な説を作中で披露している。
また、要所では奈岐が霊力をもって物事を解き明かし、物語の力となっている。「人間の力の及ばないものが語りかけるような、自然の中の力を示してみたかった。あなたも感性を研ぎ澄ますと、何か感じるかもしれない。朝日の中に、月の中に、あるいは風の中に。そんなヒントになればと」
史実にヤマタノオロチ伝説やさまざまな神話、平家の落人伝説が自在にからまりあう。そこに玉岡さんのリーダー論や平和論も盛りこまれた歴史ロマンだ。
4月、兵庫県高砂市の十輪寺に玉岡さんの文学碑が建ち、除幕式があった。新田次郎文学賞と舟橋聖一文学賞を受賞した「帆神 北前船を馳(は)せた男・工楽松右衛門(くらくまつえもん)」の舞台であり、その一節が刻まれた。
「生きている間に文学碑を建てていただくなんて」と恐縮しながらも、気持ちを新たにしている。「文学碑の重みに押しつぶされないよう、これからもおもしろい作品を生み出していきたい」(河合真美江)=朝日新聞2024年6月12日掲載