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がん患者の心情を繊細に描き、「生き方」を問う 御前モカ「おはよう、おやすみ、また明日。」(第144回)

 元CA(キャビンアテンダント)という経歴から、知られざるCAの実態をコミカルに描いた『CREWでございます!』でデビューした御前(おんまえ)モカ。昨年からウェブサイトSouffle(秋田書店)で連載を始め、6月に第1巻が出たばかりの新作『おはよう、おやすみ、また明日。』は、若くしてがんになった独身女性の闘病を描く新境地だ。絵柄はシリアスに変わったが、自身の実体験をもとにしている点は共通している。独身でCAの主人公・秋山紅葉(もみじ)は作者の分身と考えていいだろう。

 がんは言わずと知れた大病だ。1981年以降、日本人の死因では不動の第1位。厚生労働省「人口動態統計」によると、2022年には38万5797人が命を落としていて、この年亡くなった人の24.6%を占めている。とはいえ医学の進歩によって、がんが「不治の病」ではなくなったことも確かだ。かつてタブー視された本人への告知も、今は普通に行われている。

 一人暮らしの独身女性マンガ家が自身のがん闘病体験を描いた作品には、例えば2014年に発行された佐々木彩乃『乳がんでもなんとかなるさ』(ぶんか社)があった。

 独身マンガ家の佐々木彩乃は杉並区の40歳検診でマンモグラフィー検査を受け、左胸にステージ1(5年生存率90%)の乳がんが見つかる。初期の乳がんは決して不治の病ではないが、命にかかわる重病であることはまちがいない。だからなのだろう、タイトルからもわかるように悲壮感はなく、明るくコミカルに描かれた闘病記となっている。

 乳がん治療、乳房の再建手術など、乳がんになった人なら知りたい具体的な情報も満載。実在する病院が舞台になっていて、首都圏在住の乳がん患者にとって実用性は高い。

 明るく実用的な『乳がんでもなんとかなるさ』に比べると、同じく自身の体験をもとにした『おはよう、おやすみ、また明日。』は“具体性が乏しい”のが特徴かもしれない。第1巻の時点で紅葉のがんは「5年生存率50%で、完治しないがん」と書かれているだけで、部位やステージは一切触れられない。病院名も出てこない。一方でがん患者の心情を繊細に描くことに力が入れられ、普遍性と文学性が高くなっている。内容は意外に暗くないが、無理に明るくもせず、自然体で淡々と描いているのがいい。心ない上司や親友あかねちゃんの行動から、友人知人ががんになったとき、どう接するべきかの参考にもなる。

 リアルな闘病記というだけでなく、本作は「生き方」を問う物語にもなっている。CAという仕事柄もあるのか、紅葉は常に自分よりも他人を優先して生きてきた。第1話でがんを告知されたときでさえ、目の前の医師に気を遣って明るく振る舞う。入院中に母もがんになったことを知らされたときは、自分が告知されたときよりもはるかに大きなショックを受ける。確かにこういう人はいるし、作者もそのひとりなのだろう。

 そんな紅葉が、がんをきっかけにそれまでしなかった「自分を大切にする生き方」を模索していく。他人への気遣いも必要だが、それより重要なのは「自分を楽しませてあげる」こと――。彼女に共感し、改めて自分の生き方を見つめ直す読者も少なくないにちがいない。